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ぼくの部屋には彼の絵が2つほど飾られている。
ひとつは、80’s バブル期に描かれたリゾートホテルの夜のようなカクテルの絵。もうひとつは、飾るだけで窓のような、風景画。

 

敵も味方もなくて、争いごとがひとつもなく
風も穏やかで、絶対的に『平和』な場所

 

が、そこにある。疲れたり、少し気分が苛立ったりしている時は、窓の外を見るようにその絵をじっと見ることにしている。例えばその絵の中に住んでいる老人にでもなったような気分で、絵の世界に飛び込んでみる。そこに住む老人の生活を考えてみる。朝早く起きて、寝ぼけたままの顔で、昨日割った薪を窯に焚べる。寒くはない。寒いと争いが起きるから。パチパチと赤い火花が立ち上がるころに、まわりがうっすらと群青からなんとも言えない色の青になっていく。火があがって、トーストの焼けるにおいがする。えんとつから煙がではじめる。その煙を目で追うと、その先には、ぷかぷかと雲が浮かんでる。

 

そのまあるいメガネをかけた雲がまるで、いしいひろゆきだ、といま、この文章を書いてて思うのです。

 

かたちを変えて、時々消えて、消えたと思ったら出てきて。ふわふわと。晴れてよかったねと言ってると、雨を降らして、傘を買ったとたん、やんだりする。

 

PHOTO&TEXT:JUNYA KATO(PARK INC.)

 

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いしい 録音するんですか(笑)

 

加藤 あ、インタビューはじめて?

 

いしい ですね。あんまり機会ないですよね。もうちょい有名だったらいいんでしょうけどね、いつも「ぼくなんか」…って思っちゃうんですよね。いま、2月末からはじまる展示に向けて、ずーっと家で、黙々と穴の中にいるみたいな感じで絵を描いてて、絵描いてなかったら、ただの引きこもりですからね。引きこもりが絵を描いてるだけなんですよね。

 

加藤 仕事はどうしてるの?

 

いしい ある日、遺産的なのがドンときて。おおおお、と思って。あ、会社やめようって。

 

加藤 遺産(笑)

 

いしい その貯金で暮らしながら絵を描いてますね。あと、じいちゃんとばあちゃんと3人で住んでて、ごはんも出してくれるんですよね。最初はひとりで食べるからいらないって言ってたんですけど、じいちゃんばあちゃんって優しいじゃないですか。「2人分つくるのも3人分作るのも一緒だから」って言ってくれて。その好意を無駄にできないじゃないですか…。

 

加藤 そうだね。

 

いしい あと、うち、両親が小さい頃に離婚して、母親と義理の父親もアメリカに住んでるから、じいちゃんとばあちゃんが本当の父親と母親みたいな感じで。とにかく優しいんですよね。「ひろ、仕事しなさい!」とかもなくて。

 

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加藤 それでずーっと絵を描いてるんだ。

 

いしい そうですね…。

 

加藤 ひんしゅく買いそうだなあ(笑)

 

いしい そうですよね…でも、ぼく、そうやってひとに気を使うのやめたんですよね。どうゆう風な作家に見られたいかとか考えて、がんばってカッコつけてた時期もあったんですけど、どんなにカッコつけてもハリボテにすぎなくて…。それをやめたらすごく楽になったんですよね。嫌な仕事をやってる時も、無理して見せ方を考えている時もそうですけど、人生いやだなあ辛いなあって思ってたら、絵かけないって思ったんです。描いたところで、もっとギザギザした絵になっちゃう。いま描きたい絵は、いまだからこそ描ける絵で。でも、そろそろ貯金も尽きてきたし、仕事しないとなとは思うんです。一寸先は闇っていうか…。これ、ただのひきこもりのニートの話ですよね…いいのかな…。

 

加藤 絵はいつから? 学生?

 

いしい いや、学生の頃は映像を専攻してて。ミュージック・ビデオがすごいよい時代で、ミシェル・ゴンドリーとかスパイク・ジョーンズとか。The White Stripes の曲を勝手に使ってMV作ったり。映像って表現の幅がものすごく広いし、奥が深すぎて、それにハマってずっと作ってましたね。

 

加藤 絵を描きながら?

 

いしい いや、絵は授業がつまんない時に、落書きで描いてた程度で。

 

加藤 絵に転向したきっかけは?

 

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いしい イラレ(Adobe社のillsturator= 絵を描くソフト)に出会って。あれって、パソコンで自由に何度も絵を描けちゃうし、色も好きなように好きなだけ変えられるし、大きな絵も平気で描けちゃうんですよね。小さい絵も、手書きの時は2日くらい試行錯誤しながら描いては消してで描いてたのが、あっという間にイメージを形にできてしまって…。直感で、感覚的に描けるし「楽しい!」って。

 

加藤 パソコンがすごい!

 

いしい そうなんです(笑) でも、今度の2月末からの展示は、全部手描きなんですけど、一回、イラレで描いたのを、モニタで見ながら、それに対して忠実に線を描いたり、色を再現したり、清書してるんですよね。それがすごくダルくて! 苦行でしかない! と思って。なので、イラレでアイデアを出す時間だけが幸せで…。だって思った瞬間に形になるんですよ。でも、イラレで描いたものって価値がないって思われてしまいそうで…。絵の『価値』ってなんなんだって、いつも思ってるんですよね…。

 

加藤 たしかにね。

 

いしい 例えば、時間をかけて絵を描いたところで、高価な絵が描けたって思えないんですよね、あまり。時間かけたから、自分の手を動かしたから、それにすごく価値があるってあんま思えなくて…。極端な話、誰かに頼んで、イメージしているものをその通りに描いてもらえたら、その方が幸せだなって。ドラえもんじゃあないけれども、思いついたこととか、アイデアを、すぐに形にしたいんですよね。パッパッパっと。家具がほしかったら、描けばいい。お腹いっぱい。描くことよりも、アイデアを考えることが好きなのかもしれません。パソコンでできるならそれでいいなって。形になるだけで幸せで、そこから先のことは、あまり考えられないんですよね…。

 

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加藤 パソコンで描いたのを出力して展示してた時と、今回の手書きで、なにか違いを感じる?

 

いしい 『絵』っぽいな!って。

 

加藤 絵は絵だろ!(笑)

 

いしい いやあそれが、めちゃくちゃいい!って思うんですよねー。なんなんでしょうね。とにかくめちゃくちゃいいんですよ。…でも、これって『絵』である必要あるのかなあ…。なんかこう、自分が描いた絵を部屋で眺めてて、「いいなあ」って思うんだけれど、別に「なくてもいいかもしれない」って同時に思うんですよね。なんなんすかね(笑)

 

加藤 知らないよ(笑)

 

いしい 本当は頭の中で完結しちゃってるんですよね。だから、あとは「ぼくってこういうの描けるんですよ〜」って言いたいっていうか。描いたよ〜褒めて〜って。褒められて「やったあ!」みたいな。まぁ…白い目で見られるかもしれないけれど。別にそれでもいいやって。

 

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加藤 いしいくんの絵すごくいいなあって思ってて、これって、絵の勉強ってしたの?

 

いしい そうですね。遺産をもらったので、せっかくだからもっと勉強したいなって思って、映像制作の会社辞めて、桑沢デザイン(専門学校)に。桑沢って1年目で、いろんなことを勉強させてもらえるんですよね。イラスト・デザイン・ファッション・建築・プロダクト。だから、本当は自分に何が向いてるのか知りたくて。ぼく、絵だけじゃなくて、なんでも好きなんですよね。だから、いまも絵は描いてるんですけど、それって全部、実際につくりたいものなんですよね。空間も景色も。あれ、本当に作りたいんですよ。芝生をしいて、水を張って、煙を浮かべて。なので、絵というか、こういう世界が作りたいんだよっていう、ネタ帳を見せてるというか。

 

加藤 庭師みたいだね。

 

いしい だから、インタビューされても、ほかのイラストレーターとはちょっと気持ちが違う気がしてて…。

 

加藤 確かにね(笑)

 

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いしい イラストレーターとして、タッチを気に入ってもらって、「こういう絵を描いてください」って言われても、描きたくないって思う時も多々あったというか。純粋に楽しく自分が「いい」と思える絵だけを描きたかったのに。いまはちょっと考え方が変わって、多くの人に見てもらえたら幸せだなって思ったりしてるので、見てもらえるなら描いてみようって思うんですけど、本心は『なにを描くか』、って考えるところからやりたいんですよね、やっぱり。なんかインタビューって面白いですね。怒られないからいいですね。

 

加藤 そう(笑)

 

いしい もともと自分なんて、ひとりこの世界からいなくなったところで「全然いい」って思ってたんで、だから、ただ楽しむために生きたいんですよね。ぼくが楽しむために絵が描かれているというか。それが一番たのしいし、それ以外はあまりたのしくない。でも、見てくれる人が多いと嬉しい。自分の絵が、世界各国に、自分の血や肉みたいに、ちらばってく感じも嬉しい。そう考えると、絵を描いてるのが一番たのしい。でも、あれを描けって言われたら、描きたくなくなっちゃう。

 

加藤 あまのじゃく(笑)

 

いしい そうですね(笑) それじゃあ社会でうまくやっていけないですよね。でも、気づいたんですよね。別に社会でうまくやっていかなくてもいいんだって。それが気楽で一番いいなあ(なぜか爆笑)

 

加藤 そんなもんだよね。誰が決めたルールなんだっていう。

 

いしい なんか、そこまで気にしなくても、人間って生きていけるなって。

 

加藤 遺産で暮らしてて、よく言えるなー(笑)

 

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いしい でも、もし自分の居場所がなかったとしても、生きてて息苦しいって思っても、そういうひとっていっぱいいるっていうか。だから、大丈夫というか。ぼくが、いまこの喫茶店で、突然おおきな声を出したくなって、大きな声を出しても、別にいい。社会って、たくさんルールがあるかもしれないけれど、もっと自由でいい気がするんですよね。自分の思い込みで、世の中がキツいとか、会社がキツいとか言っても、キツいならやめちゃえばいいし、やめてもなんとかなるし、自分に合った生き方を探せばいいだけの話だし。って、そんなに苦労してきてないですけどね…。

 

加藤 苦労しないとダメなわけじゃあないからね。それに、そんなに言うほど世の中って自分に干渉してこないと思う。でもさ、いしいくんの絵を見ると、それが伝わってくるよ。この前の展示の時も、「争いがひとつもない絶対的に平和な場所」を描きたいって言ってたじゃない。あれがすごく印象的で。それ聞いてから絵をみたら、やっぱ納得せざるをえないというか。それを心から体感したいって思っているひとじゃあないと描けない絵だなって思った。

 

いしい そうなんですよ。絵ってひとが出ちゃうと思うんですよね。1本の線にしても、1つの色にしても。それが表現されるのが楽しいんですよね(笑)

 

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加藤 しあわせな男だなあ(笑)

 

いしい 加藤さんも自分が好きなことってあるでしょ?

 

加藤 うん。

 

いしい それが形になったら幸せでしょう?

 

加藤 幸せだね。大きな声を出したい時に、出したい。

 

いしい ね。でも、こんなインタビューでいいのかなあ。やだなあ、みんなに怒られたら…。純粋に絵を描きたいだけなのに。

 

加藤 今後はどうしたいの?

 

いしい そうですね…バイトですかね…。まぁでも、絵くらい自由に描かせてくれよ!って本当に思ってるんですけど、だからみんなもニコニコしてみんな平和で、みんな幸せに生きれたらいいなあって思います。みんな楽しんだらいいじゃん! って、こんなインタビューでいいのかなあ本当に…。

 

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いしいひろゆき・画家
パレットクラブ イラストコース 17期生
http://hiroyukiishii.tumblr.com/


いしいひろゆき個展情報

インテリア
2016.2.26 - 2016.3.6
Station Gallery Across 久我山
京王井の頭線久我山駅改札出て目の前

 

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