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『青』という色をイメージする時に、ぼくは少しだけ濃くて深い『青』を想う。夜から朝にかけて、真っ暗だった深夜の空が、朝につつかれて少しだけ呼吸をし始める時間帯の、グラデーションのかかったブルー。『青』と言っても、誰かにとっては晴れた空のような青だし、誰かにとっては海のような青かもしれないし、誰かにとっては12色の絵の具の中の、標準的な「青」と想うひともいるかもしれない(果たして『標準的』な『青』とは?)
彼の絵をはじめて見たのはモノクロームで描かれた漫画作品。表紙だけが蛍光のオレンジで光っていて、まぶしい。ストーリーはとてもさみしいさみしい青色だったように思う。少なくとも僕にはそう見えた。記憶の中で青とオレンジが混ざり合って、不思議なマーブル模様になっていて、それがきれいで心地がいい。しばらくして本人に会ってその不思議な『色』の正体が垣間見えたように思う。12色の絵の具にはない、なにか例えようのない「青」を彼は見ている。秋晴れの公園沿いの喫茶店で、静かに、静かにインタビューが、はじまる。
PHOTO&TEXT:JUNYA KATO(PARK INC.)
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加藤 最初はみんなに肩書きを聞いてるんだけど、聞かれても難しいでしょ(笑)
フユキ そうですね…無職…ですかね(笑)
加藤 イラストレーター・画家っていう肩書きはピンとこない?
フユキ そうですね。なんか自分の場合、絵の表現って、あくまでやりたいことの1つなんですよね。漫画も描いてますし、文章も最近意識して書くようになっていて、絵はその一連の表現活動の中の1つというか。最初はとにかく自分ができること、やりたいことを仕事にしたいっていうのがあって、そのために実は絵以外にもいろいろやってたんですよ。役者を目指したこともあったし、音楽もちょっとやってみたことがあって。最近ですね、絵を軸にしようと思ったのは。でも、やっているうちに、売れそうな絵を描くのがいいのか、自分の描きたい絵を描くのがいいのか、すごく悩み始めて…。いまも探っているような状況ではあります。自分の好きな絵を描くって振り切ってるひとを見ると羨ましいなあって思ったり。
加藤 もともと絵の勉強とかはしてたの?
フユキ いや、役者になりたいって思って上京してきたんで学校は美術系でしたけど映画と演劇専攻でした。小学校から高校までずっと演劇をやっていて、しかも、部活だけじゃなくて市民劇団に子供の頃から所属していて。そこの劇団での経験がすごくよかったんですよね。寺山修司とか、アングラ演劇が流行ってた世代の方たちが中心の劇団だったので、所属しているひとみんなが尖ってて(笑)大人のひととつるんで変な本を読んだり、作品を作ったり、その経験がいまも役にたってる気がします。役者になりたいだなんて、何考えてんだって感じかもしれないですが(笑) でも、映画は総合芸術なので、映画の道に進めば役者も続けられるし、作る側にまわれば文章も書けるし、絵も書くことがあるだろうし、好きことができるなと。監督なり演出なり作家なり、だんだん作る側にも興味がわいてきて。でも、いざやろうとしてみたら、監督も演出も、ひとを動かさないといけないんだなってわかって、でもそれが、性格的に苦手で…、リーダーシップもないし、自分にはできないって痛感して。挫折した感じでしたね…。それで、ひとりでも同じようなことができるないかなって探した時に、まず「漫画」に行き着いたんですよね。
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加藤 漫画なら自分でストーリーを考えられるし、キャラをコマの中で自由に動かせるもんね。
フユキ 衣装も選べるし、景色も選べる。絵を描くのもずっと好きだったんで、これだなと。
加藤 絵が好きなのはいつ頃から?
フユキ 実は小学校の頃に詩を書いてて。その頃からもうそういうのが好きだったんですよね。で、その詩に絵をつけてたんですよ。なので、それがはじまりかもしれないですね。ノートを買ってきて、「これを雑誌にする!」ってひとりで勝手に決めて雑誌をつくったりしてました。
加藤 ああ、それやった。ノート1冊埋めて「1巻」とか言って(笑)
フユキ そうそう(笑)
加藤 なんでもやりたかったんだね。
フユキ そうなんです。全部やりたかったんです。歌手になりたいって思ったこともあるし。でもできるできないも含めて、見極めるのに25年かかりました。いや、まだ見極められてないかもしれないです…。
加藤 ぼくもやれてないだけで諦めてないこといっぱいあるよ。できないからってやめる必要はないからね。
フユキ できる環境があるなら、できるだけやりたいですよね。
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加藤 フユキくんのパフォーマンスの映像を最初に見た時はさすがに驚いたけどね。ていねいで繊細な絵を描く、物静かなやつだなあと思いきや。
フユキ 絵しか知らないひとは驚きますよね(笑)
加藤 姫草ゆりお は衝撃だよ。
フユキ (笑)
加藤 これはインタビューで書いていいのかわからないけれど。
フユキ ゆるやかにカミングアウトしていこうって思ってるんで、OKです。
加藤 あ、いいんだ(笑)
フユキ はい。
加藤 姫草ゆりおの女装して音楽に合わせて踊るパフォーマンスもその流れかもしれないけれど、自分がゲイだって気付いたのはいつごろなの?
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フユキ もう子供の頃から気付いてましたね。兄と弟がいて、兄からおさがりをもらうよりも近所のお姉さんから服をもらう方が嬉しかったり。キュロットってあるじゃないですか。スカートみたいなパンツみたいな。キュロットをもらった時にすごく嬉しかったのを覚えてて。
加藤 キュロットいらねー(笑)
フユキ 戦隊ものとかも見てたんですけど、ピンクのキャラクターが履いてたスカートがすごい好きで。親に作ってもらったりしてました。
加藤 それもいらねー(笑)
フユキ 自分も、こどもながらに自分ってなんなんだろうって思ってましたね。性同一障害とかではないし、その当時は知らなかったし。ヘアピンとか好きでよくつけてましたよ。
加藤 そういう男の子はいたかも。ファッションでヘアピンしてたやつ。
フユキ キキララのヘアピンですけど。
加藤 あ、それはいなかったな(笑)
フユキ でも、自分が男だっていうことも自覚してたし、男が嫌だって思ったこともないんですよね。よく性同一障害で言われる、「なんで自分は男なんだろう」「女になりたい」っていうのも全然思わなかったですね。きれいなものはきれいとか。いいものはいいって言ってたらたまたまそっちだったっていう。ほんと、ひとによってくくれないというか、全然ちがうんですよね。恋愛の仕方ひとつとっても。
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加藤 男が好きだなって思ったタイミングとかはあるんだよね?
フユキ 小学生の頃からぼんやりと、仲良くなりたいなって思うのが男の子の場合が多いなあとは思っていたんですけど、中学生くらいですかね。ちゃんと、この男の人が好きだって確信したのは。思春期でみんなが生殖本能で女子に夢中だった頃に、ひとりだけそうじゃなかったんですよね(笑) まったく女子に対してエッチなことをしたいなって思ったりしなくて。ある男の子にひそかに想いを寄せて、諦めてましたけどね。あとは映画『スタンド・バイ・ミー』のリバー・フェニックスが本当にセクシーだなって。ピチピチのTシャツで、すごい胸筋だなって(笑)
加藤 その目線すごい(笑) まわりのひとたちは気付いてたのかな?
フユキ 劇団のひとたちは気付いてたかもしれないですね。あと、友達に話し方が変だって指摘されたことがあって。それは大きかったかもしれないです。自分が普通だって思ってたことを否定されたというか。本当の自分を素直に出してはいけないんだっていう感じがあって。それに加えて演劇もやってたから、『自分』っていうのはコントロールするものだっていう…コントロールできちゃうというか。そう考えると自分なんてなんだかよくわからないものだなって。どこにいるのかわからないっていうか。
加藤 たしかにそうだよね。環境にも振り回されるし、ぼくも、そういうのはあてにしてない。
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フユキ ある日、劇団の先輩に、そもそもひとは、どんな人格も全部自分の中にあって、役者はそれを選んで出す機会があるだけだって言われたことがあって、その言葉がすごく残ってて、当時は自分の感覚が役者としての強みだなって信じてましたね。それがきっかけで役者になりたいって思ったし、自分っていうのは「ひとつ」である必要はないんだっていう感覚はいまだにありますね。
加藤 そういえば親は知ってるの?
フユキ はい。実は高校の時に付き合ってる彼がいて、その彼と手紙をやりとりしてるのが親に見つかって、それで、バレました。
加藤 それドラマチックだなあ。
フユキ すごく心配かけてると思います。定職にもついてないし、ホモだし。受け入れきれてないんじゃないかって思うとずっと辛かったですね。孤独というか。ぜんぜん認められてないことへの恐れが、創作の根っこにあると思います。それに、自分だけじゃないと思うんですよね。親とうまく関係を築けてないっていうのもそうですし、誰かに認めてもらえないっていう気持ちを持って寂しがってるいるひと。大学で東京に出てきて、いろんなひとに会って、たくさん出会った気がします。このひとなんか寂しそうだなって思う人。このひとの気持ち、なんかわかるなあっていうひとと仲良くなると、やっぱりなにかしら特殊な環境だったり、そういう悩みを持ってたりとか。『家庭』環境は特に。
加藤 承認欲求かな。
フユキ まさにそうですね。認められたい。
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加藤 今日、フユキくんを撮影してて、フユキくんが描く絵は、ぜんぶフユキくん自身なんじゃないかって思ったんだよね。顔形が似てるわけではないんだけれど、似てる。不思議だなって思いながら写真撮ってた。
フユキ それ、たまに言われます。自分がこうだったらよかったなって思うひとを描いてるので、そう感じるのかもしれません。もっと華奢に生まれたかったです(笑)
加藤 外見か(笑)
フユキ でも、もっと若い頃は、認められないことがただただ辛かったんですけど、最近は、そういうひと多いんだってわかって、その気持ちを共有したいっていうわけではないんですけど、そういうみんなに「ひとりじゃない」ってわかってほしいなって思うようになりました。作品にもそういう想いをこめるようになりましたね。自分みたいな人間がここにいて、こう思ってますっていうのを、語りたいんだと思います。だから、絵だけじゃなくていろいろやりたい。
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加藤 それで最近の表現にHOME というキーワードが出てくるのだね。なんだかスッと腑に落ちたというか、コンセプトが明確になって、より絵や文章を感じられる気がする。ひとりひとりの『さみしい気持ち』が帰るところというか。フユキくんの絵を見てると、自分の深層心理の妙な部分がくすぐられる感じになるのはきっとぼくもどこかでさみしいのかもしれない。普段はダメだけれど、すこしだけ落ち着ける、ちいさな居場所が、絵の向こうにある気がする。
フユキ そうだといいなあと思います。その感覚を少しでも多くのひとと共有して、「大丈夫」だって思ってもらえたら嬉しいです。
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カナイフユキ
http://fuyukikanai.tumblr.com
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