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バンド。もしかしたら、これを読んでるひとの中にも、かつて少しでもバンドに憧れて楽器を持って集まって演奏をしてみた経験があるひとがいるかもしれない。
ぼくも、何年も前の話だけれど、なんだかよくわからないまま、バンドって響きに取り憑かれた覚えがある。
そんなぼくでも言えることは、必ずしも、いい状態で、いい音をぶつけ合うのがいちがいに「バンド」ではなくて。バンドって言うのはもっとなんかこう、言葉では説明できない「しびれ」みたいなものなんだと思う。麻痺とも言えるよね。感性をちょっとだけ歪ませて、ゆるやかに、時に激しく、感覚を麻痺させて、そこにぶつかる物理的な微粒子に対して、自分に対して、「ここでいいんだ」「だいじょうぶなんだ」って思わせてくれるこいつはいや、麻酔か。ダメな時はダメなんだ。
以前、バックナンバーをさかのぼってもらえれば、フジロッ久(仮)というなんとも麻酔的なバンドのフロントマンの藤原ってやつに、このNEUTRALでインタビューしている回があるんだけれども、今回の鮎子嬢は、久しぶりに会ったら、そのバンドのキーボードとして、化けてた。時にひとは、ある部分を麻痺させて、進まないといけない場合がある。そんな印象を得た。
PHOTO&TEXT:JUNYA KATO(PARK INC.)
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加藤 なんかさ、キーボードの子が脱退するっていうフジロッ久(仮)のライブ見ててさ、満員御礼の客席に鮎子さんがいるの見えてピンと来たんだよね。あー次のキーボードは鮎子なんだろうなと。
鮎子 え、本当ですか(笑)
加藤 なんとなくだけどね。で、(ボーカルの)藤原と飲んでる時かな「新しいキーボード探してるの?」って聞いたら「ひとり会おうと思ってる子がいて」って言うから「それって鮎子って名前じゃない?」って試しに言ってみたの、そしたら「え、なんで知ってるの?」って。昔から知り合いなんだって言ったら驚いてて。お互いさ、話してて、これはもしかしてバンドの運命かもなってその時。不思議なもんだよね。
鮎子 そうだったんですね! そこがつながってるとは。
加藤 いやいや、こっちのセリフだよ。昔はみんなでよく飲んでたけど、久しぶりに会ったと思ったらフジロッ久(仮)だもんね。最近はどうなの?
鮎子 変わらないですよ。バイトしながらバンドやってるって感じですね。バンドが変わっただけで。
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加藤 いまはフジロッ久(仮)だけ?
鮎子 佐古勇気さんっていうシンガーさんがやってるバンドにもキーボードとして入ってます。
加藤 あれ? ソロもやってたよね?
鮎子 最近はなかなか時間が作れないんでやってないんですが、ソロでもやっていきたいなって思ってた時期があって。武者修行というか。ひとりじゃないと気づけないこともあるなと思って、それを勉強したくて。
加藤 キーボードをはじめたのはいつごろ?
鮎子 4歳の時です。ピアノを。
加藤 え!4歳?
鮎子 そうですそうです。いや、よくある話ですよ。ピアノとかは特に。親がすごく力を入れてて、試験があるような音楽教室に入って。「この子は絶対に音大に行くんだ!」って。私は習い事って感覚でやってましたけど、今思えば試験とかも音階をあてたり、譜面を書いたりするくらいがっつりだったんで、そうとうちゃんとした教室だったんだなと。でも、やっぱり自分から好きではじめたわけじゃあなかったんで、高校に入るころには飽きて辞めちゃって。
加藤 あ、でも中学卒業するまでは頑張ったんだね。
鮎子 中学で吹奏楽部に入って、ピアノ以外の楽器も触るようになって、それをみんなで演奏した時にすごく楽しかったんですよ。今までひとりでピアノをいかに上手に弾くかっていうことしかしてなかったんで、アンサンブルになったときにすごく気持ちが良かったんですよね。感動しました。ホルンとかギターとか。いろんな楽器が触れて楽しい!って。つまり、もうピアノに飽きてたんでしょうね。
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加藤 バンドは?
鮎子 やってましたよ。中学の友達あつめて。でも私はある程度、基本がわかってたので、楽器はある程度できたんですけど、みんなはコードを抑えるのも精一杯みたいな感じで。でも、そこでも「音楽」「バンド」っていうか、一緒に集まって音を鳴らすのがすごく楽しくて。
加藤 それは高校でも?
鮎子 いや、それが高校でさらに音楽に飽きちゃって(笑) いや、違うな。飽きたっていうか、ライブを見に行くのがすごく好きになっちゃって。
加藤 ロック系? クラシックとかのコンサート?
鮎子 完全ロックでしたね。クラシックとかは全然(笑) 友達と話してて、あのバンドいいよね、とか、あのライブ見に行こうよ、とかそうゆう感じですよ。とにかく良いと思ったバンドで長野に来る機会があったら見に行こうって。思春期って感じですよね、だんだん、みんなが知らないバンドを知ってる私、いい! みたいに勘違いして、マニアックな方向にどんどんどんどん。調べれば調べるほど、もっと知りたいって思ったし、ルーツをどんどん辿ってくようになって、ルーツを辿って行くといろんなジャンルの音楽があって、もっともっとって。TSUTAYAの音楽コーナーの隅から隅まで聞こうみたいな。
加藤 わかる…田舎あるあるだよね。
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鮎子 そうそう。あと、インターネットが流行りだしたころで、当時、自分のサイトとかも作ってたんですよ。ほんとオタクだったんで。で、そこに掲示板とかも作って音楽の情報交換したり。それで、自然と同じバンドが好きな友達とかができて、その子が東京の子だったりすると、その子に会いに東京まで行ったり、都内のいろんなライブハウスにも行くようになって。で、そういうところにいくと、インディーズのバンドですけど、本人と直接話せたりするんですよね。私からしたらインディーズだろうとなんだろうと、当時スターだし、まさか会って話せるなんて思ってなかったから「うおおおおお」って。高校の時はそういうのばっかりやってましたね。自分でもなんでこんなにハマったのかわからないくらい。でも、好きに理由はない!って。もうあとはハマっていくだけですよね。東京に行くしかないって。
加藤 じゃあ大学だ。
鮎子 中学とか高校って、勉強しなくても勉強できる子っていたじゃないですか。私、そういう子に対してすごく劣等感があったくらい勉強ができなくて。
加藤 努力はしたの?(笑)
鮎子 よく「前の日ぜんぜん勉強しなくてー」みたいなこと言って実は寝ないでやってる、で、点数もいいって子いたじゃないですか。そうじゃなくて、私の場合、ぜんぜん寝ないでマジで勉強しても、ぜんぜんできない。
加藤 そりゃダメだ(笑) でも東京には行きたい。
鮎子 もう東京で仲良くなってる子とかもいたし、行かないわけにはいかないというか。でも、その時、勉強できないし、私が大学に行ける切符は音楽にしかない!って思ったんですよね。
加藤 少なくともピアノは英才教育受けてたしね。
鮎子 そうなんです。けど、なぜか私、唄で試験を受けちゃったんですよね。
加藤 え!
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鮎子 3年のブランクってひとをおかしくするんですね…。
加藤 歌は自信あったの?
鮎子 ぜんぜんないです。なのにエルビス・プレスリーを唄って。当時ロカビリーが好きだったってだけで。安直ですよね…。ピアノも触ってみたんですけど、ぜんぜんダメで。3年でひとはこれほど弾けなくなるんだって。毎日触ってなきゃいけないっていう話は本当だったんだって。アスリートみたいなものですよね。なので、2回目でやっと受かった感じです。
加藤 東京でバンドやるぞ!と。
鮎子 いや、なにも考えてなかったですね。ただのミーハーだったんで、これでやっと気軽にいっぱいライブを見に行けるぞ、と。引っ越して初日にライブハウス検索してライブ見に行ってたくらいなんで。大学も、音楽系の大学ですけど、私が入ったところはポップスとかを勉強するところだったんで、なにも考えないで入って来てた同じような目的な子が多かったんですよね。だから何の疑問もなく、ライブ見に行って、CD聞いて、わーいって。プロになるってイメージはなかったです。でも、なんか急にですね。急にバンドやろうって。
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加藤 なんかきっかけはあったの?
鮎子 授業でセッションするっていうのがあって、そんなのやりたくないって子もいたし、みんな別に才能があるわけじゃないから、どうしてもうまくできないんですよね。できなすぎて泣いちゃう子もいるくらい。
加藤 あーなんかわかる。みんなの前でいきなり即興で演奏しろって言われたら、ぼくもイヤだ。
鮎子 でも変なところで負けず嫌いを発揮して(笑) 先生に「できない」って思われるのすごくイヤで、できるひとがいい気になってるのもすごい悔しくて、勉強もそうでしたけど、劣等感がすごかったから、なおさら悔しくて。絶対に成功させてみせると思って、もうとにかく練習しまくりましたね。
加藤 バンドをやろうぜ!と。
鮎子 そうです(笑) で、たまたま通ってたライブハウスで一緒にやらない?って誘ってくれたバンドがあって。ガールズバンドだったんですけど。今まで趣味でやってた音楽とか、大学で勉強する音楽とは全然ちがう世界がそこに広がってて。しかもすでに活動しているバンドに加入するっていうかたちだったんで、ライブにもうお客さんがいるんですよね。人前でライブやってる!っていう感動がすごくて。バンド楽しい!って。自信があったわけじゃないし、プロになりたいとかってわけじゃないし、でも、これがお金になったらすごい楽しいって。
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加藤 これだ!と。
鮎子 いや、違う道があるって思えなかっただけですね。
加藤 いいね(笑)
鮎子 そのあたりから、まわりのひとたちがちょっとずつ音楽で仕事をするようになっていくんですよね。プロのミュージシャンのスタジオで演奏の手伝いをして給料をもらったりとか、テレビとか見てると、メンバーじゃないけど演奏してるひととかいるじゃないですか。だから漠然とそれいいな!って思えて、、、
加藤 過去に学んだ技術も使えるしね。
鮎子 全然(笑)私はそういう自信は無いのです。まわりのひとはそれ以上に教育を受けてたんで。だから、なおさら頑張らないとって。大学のあとに専門学校にも行かせてもらって、とにかく勉強しました。就職するイメージとか、もはやなかったんで、バイトしてでも音楽を演奏する人になろうって。それまで、何をやってもダメだったし、やりたいことも漠然としてたし、やってもぼんやりしてたんだけど、でも、色んなバンドに入ったり、サポートさせてもらうことでその時はじめて自分がやってることと、やりたいことが全部一致したんですよね。
加藤 情熱大陸の音楽が聞こえそうな流れ(笑)
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鮎子 そんなこと言っておきながらそのバンドも辞めちゃうんですけどよね(笑) やっぱり現実はそんなに甘くなくて。仕事しないと生活できないし、生活できてもバンドできないし。そこからバンドは色んな事情で転々と…。
加藤 もう意地だよね。
鮎子 意地な部分もあるかもしれないです。今はフジロッ久(仮)や佐古さんのバンド(佐古勇気とGABBAGABAAHEY) と出会って、飽き性だけど続けられるんじゃないかな?って気がします。フジ久はまだ半年だけど色々新鮮でツアーいったりとか。そんな経験いままでしたことなかったんで。自分にとって色々新鮮ですし、新しい扉が開いたなと。あと、ちょっと前に先生としてキーボードを教えていた子がいて、そういう人が身近にいると自分ももっと頑張ろう、キモい言い方かもだけど、夢のあるヤツでいたいところはあります。
加藤 いいね!
鮎子 うわぁ〜。こんなに自分の話をするの初めてで…何話してるのかわからなくなってきました…。…もう終わりでいいですか? すみません…。
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鮎子 / AYUKO
キーボード奏者。
佐古勇気とGABBA GABBA HEY
http://www.gabbagabbahey.jp
フジロッ久 (仮)
http://fujikyu.blogspot.jp
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