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時々、このひとは確信犯なんじゃないかって思う時がある。絶妙な間、切り出すタイミング、ことばえらび。

すべてを間違いなく「ハズす」には、全体の流れを感じている必要がある。よむ必要がある。知っている必要がある。もしくは何にも逆らわないか、それともすべてに逆らうか。まるで、舞台の上の個性派俳優のように、早川パワー氏は、そっとおどけてみせる。

 

早川氏が在籍していた『ハズレッシヴ』というバンドのライブをはじめてみたとき、そのハズレっぷりに、高鳴りが止まらなかった。全身から吹き出す汗、会場に響き渡るノイズにも似た激しい音。音階も言葉も、距離もぜんぶ、なにひとつ合ってない気がする。衣装と集合時間以外、なにも合わせにきてない気がする。説明できたら苦労しない、まったくもって理解しえない、彼らなりの「1・2・3・4」があって、すべてが正解なのである(ハズレッシヴは絶賛活動休止中)

 

ハズレくじが欲しいひとがハズレくじを引いたら、

それはすべてアタリでしょ。とでも言いたげに、不敵な笑みを浮かべ、アタリくじを握りしめている。

 

そんな 早川パワー の、ニュートラル。

 

PHOTO&TEXT:JUNYA KATO(PARK INC.)

 

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加藤 最近どうですか?

 

パワー 悩み1つ、ないね。

 

加藤 悩みない(笑)

 

パワー 自然な流れでね。なるようになるというか、なるようにしかならないというか。

 

加藤 仕事は何してるんでしたっけ?

 

パワー 介護の仕事だね。老人や障害を持ったひととか。その空いた時間で、音楽をちょっとやってる。ライブに向けて。

 

加藤 ハズレッシヴをやめていまは『早川パワー』ソロですか?

 

パワー そうだね。いやぁひとりでやるのってすごいことだなって思いますね。だってスベったら全部自分がかぶるわけじゃあないですか。その空間ぜんぶが、自分のせいでスベる。あれはすごい。この前スベってね…。

 

加藤 ひとりでなにやるんですか?(笑)

 

パワー この前はミスチル。ギター持ってひとりで唄ったんだけど、途中で唄えなくなっちゃって、やめて…。「終わりなき旅」っていう曲なんだけどさ、自分でもなんでこれをライブハウスでやってるのかって、わからなくなるよね。

 

加藤 毎回みんなに肩書き聞いてるんですけど、パワーさんの場合、ミュージシャンってことでいいですか?

 

パワー いやぁミュージシャンじゃあないでしょ! 口が避けても言えないよ!

 

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加藤 というと介護士ですかね?

 

パワー ヘルパーの資格は持ってるけどね。アルバイト契約だからね。だからフリーターかな。

 

加藤 じゃあ肩書き『早川パワー』にしておきますね。でも、そもそもハズレッシヴはどうしてはじめたんですか?

 

パワー 自然な流れだね。説明するとややこしいんだけど、もともとは僕の高校の先輩の彼女の友達といっしょにはじめたの。ひろくんと。遊びの延長だったんだけどね。家でよく一緒にあそんでたんだけど、だんだん録音して遊ぶようになって。ひろくんも音楽やってて、ぼくも小学生の時から音楽好きでたくさんレコードを集めてて、中学でコピーバンドやってたこともあって、自然と。

 

加藤 中学ではギター?

 

パワー そうだね。ギターだね。スカバンドやりたかったからさ、吹奏楽部のひとを誘ってホーンとか入れたり、けっこう本格的なバンドだったんだよね。で、当時『伊集院光のOh!デカナイト』っていうラジオがあってさ、その番組に録音したのを応募したら審査通ってさ、有楽町のスタジオに収録に行って、公開録音させてもらったり。「ティーンズ・ミュージック・フェスティバル」っていうコンテストの東京大会に特別枠で参加させてもらって、いま思えば人生で一番おおきなステージだったんだけど、渋谷公会堂でやらせてもらって。そこで勝てば全国大会っていう舞台だったんだけどね。試合は負けたけどめちゃくちゃ楽しかったね。すごくいい思い出だよね。

 

加藤 中学生でスカをはじめるのって珍しいですね。

 

パワー 中学生の頃にCMで流れてた『レピッシュ』っていうバンドの曲がすごく好きで、彼らがミュージックステーションに出るっていうから、そこで初めてテレビでレピッシュのライブを見たんだけど、メチャクチャ暴れてて、すごい自由だなぁって感動したんだよね。しかもスカってギターを下から弾いてるんだよね。それにも驚いて。それからずっと暴れるバンドが好きだったんだけどさ、なんで暴れるバンドが好きなのかって考えてみると、『自由』を欲してたんだよね。音楽を通じて『自由』になれる。『自由』も突き抜ければ『表現』になるんだって思ったんだよね。でも中途半端な自由はダメだよ。「そんなことやっちゃっていいの?」って思わせるところまでいった時にはじめて「すげえなあ」というか、感動しますよね。だからスカが好きっていうよりも、『自由』っていうジャンルが好きですね。

 

加藤 自由(笑)

 

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パワー で、高校になってZってやつとMADってやつと一緒に1分以内の短い曲をひたすら家で録音するだけの『ケンカオイル』っていうオリジナルのバンドを組むんだよね。ハタチくらいまでやるんだけど。

 

加藤 ケンカオイル…(笑)

 

パワー いい名前でしょ。でもハタチで引きこもりになっちゃうんだよね。大掛かりな鬱に入って。闇の時代に入りましたね。バンドもやめて。

 

加藤 鬱…。なにか原因はあったんですか?

 

パワー とにかく道が見えなくなったんだよね。とにかく『自由』になりたかったから。高校卒業して、大学にも行かずに、ただただひたすら遊びまくってたんだよね。テレフォンカードを作る工場に就職して、仕事して、ともだちたちと夜中まで遊んで、働いて、また遊んで、働いて、また遊んでって、3日間寝ないで動き回ってたらさすがに鼻血でちゃって。医者に行って手術して。それでも遊びまわってた。で、大学生っていいなぁって。社会の傘に守られてるというか。大学っていう保険があって遊んでる。でも自分にはそれはないから、それが欲しかったんだよね。で、8ヶ月で会社辞めて、大学受験するんだけど、ぜんぶ見事に落ちて自宅浪人に。でも最初は勉強してたんだけど、なんだかだらけはじめちゃって、勉強しなくなって、そしたらやることなんにもなくなって。家も実家があるし。メシは出てくるし。働かなければいけないんだけど、食うために働くってことがなかなかできなくて…。とにかく道がなくなった。自由ってなんだっけ? ってやつだよね…。渡された『自由』の自由度が高過ぎて、使いこなせなかった…。

 

加藤 渡された『自由』の自由度が高過ぎて、使いこなせなかった…。言ってることカッコいいっすけど、ただのプー太郎ですよね(笑)

 

パワー そうだね(笑) テレフォンカードの工場はすぐに潰れたから、そこにいなくて良かったよね。時代だよね。

 

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加藤 で、闇を抜けてハズレッシヴの結成。

 

パワー ひろくんと息があったんだよね。一緒に家で録音しまくって、曲つくりまくって。テープを作って売るってことをやりはじめて。で、29歳の時にもう一回、闇が訪れるんだよね。30歳という大台の前で。自分にはなにもないなって。仕事もしてるわけでもないし、結婚をしてるわけでもないし。自由が欲しくてバンドをやっていたけど、自分が思い描いてた30歳とはとうてい思えなくて…。

 

加藤 第2の闇(笑)

 

パワー それを29(ニイキュウ)問題って呼んでる。あの闇は深かったね。結局さ…結局は「バンド」っていう「小さい自由」の中でやってたんだよね。自由だって勘違いしていた。そう、勘違いだったんだよね。ぼくの自由なんて小さかった。バンドに執着して、しがみついてただけだった。しがみつくのはいいんだけど、しがみついてるのもキツいっていう状態。完全に闇。

 

加藤 その闇はどうやって抜けたんですか?

 

パワー 友人が「早川くんはバンドをやめても早川くんだよ」って言ってくれて。そのひとことでラクになった。ハズレッシヴをやめるイコール音楽自体も辞めるってことだったけど。X JAPAN のTOSHIが長い洗脳からとかれたみたいに(笑) 彼も結構長いあいだ洗脳されてたでしょ。ぼくも35か36くらいまで闇を抱えてたから、トータルで12年くらいの闇だった。だから今は闇の反動でいろいろなものが輝いて見える。キラキラしてる。で、そのタイミングで介護の仕事に出会うんだよね。

 

加藤 いまの仕事場ですか?

 

パワー そう。同じ仕事が3年続くって言う奇跡の状態になってる。

 

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加藤 そのきっかけは?

 

パワー 29からの闇の時代は、作業場でバイトしてたんですよ。まわりみんな心に病気を抱えてるような職場で、四六時中ボンドの検品をするっていう…。そこにいたのもいけなかったんだよね。まわりの環境に影響されちゃうのか、ぼくも気持ちが持ってかれちゃってゾンビみたいになってて。もう右から来た物を左に流すなんて仕事したくないなって…。そんな時に、その作業場に来てたソーシャルワーカーのひとに「デイサービス面白いよ」って教えてもらって、面白いならやってみようって思って、飛んで行って。で、すぐにはじめたんですよね。介護の仕事って、作業場の仕事と違って、接客というかサービスなんで、自分にはできるわけないと思ってたんですけど、できちゃったんですよね。向いてたみたいで。毎回、モノを扱うわけじゃあないからリアクションがあるんですよね。毎回ちがうし、相手によっても変わる。

 

加藤 ライブみたいですね(笑)

 

パワー そう! そうなの! ライブなの! 本当にその通り! だから毎日たのしい! 美輪明宏が言ってる正負の法則! 悪いことが50あったら同じ分、良いことが50あるっていう感じ。いま良い50を手に入れてる。遅咲き。大器晩成。

 

加藤 すごいポジティブ。

 

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パワー 自分ってすごい小さいなって。宇宙観にもつながるんですけど、宇宙から見たら小さいじゃないですか。そうやって俯瞰するようにしたら、悩みなくなりましたね。なんて宇宙って広いんだろ。おれ、ちっちゃ! って感じで。でも広いけど怖くないですよね。昔だったら怖くてすぐ逃げ出したくなったかもしれないけど。だって、ずっと地球にいて、大気圏突入する時が闇の時代で、それを抜けたんで、怖くないんです。だから、いま『宇宙』ですね。

 

加藤 そのタイミングでぼくら再会したんですね。

 

パワー いやぁ驚いたよ。畑に大豆まくから『大豊作』(早川パワー氏のオリジナル曲)を唄いに来てくれって言われて。不思議な縁を感じたなぁ。そこから加藤くんにいろんなひとを紹介してもらって、またそこからひとがつながっていく。楽しいっすね。毎日が。

 

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加藤 音楽はまたやらないんですか?

 

パワー やりたいね。今度「パワーパーティ」っていう野外フェスを考えてて、それもあるし、『ケンカオイル』もまた久しぶりに集まって活動してる。MAD と一緒に。MADももうサラリーマンになって、「社会キツい社会キツい」って言いながらなんだけど、すごく面白い。そうそう、さっき言い忘れたけど、ケンカオイルってバンド名の由来なんだけど、オイルを塗ることによって、殴りあってもツルって滑るじゃない。それで平和になるっていう願いも込めてて。

 

加藤 ハッピーオイル(笑)

 

パワー それ面白いね。自由と平和のためのハッピーなオイル『ケンカオイル』。いいねぇ。

 

加藤 いいっすね。

 

パワー 自由と平和が好きだよ。やっと楽しくなってきた。遠回りしたけど、これでよかったんだなって。ぼくって『いま主義』なんだよね。いいかどうかを決めるのは結局じぶんだしさ、先のことなんてわからないんだから、『いま』を大事にすることしかできないからさ、『いま』を楽しく生きれたらなって思うよ。

 

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早川パワー / POWER HAYAKAWA

 

昭和50年、横浜生まれ、相模原育ち。19歳でオリジナルバンド「ケンカオイル」結成25歳で2つめのオリジナルバンド「ハズレッシヴ」結成。現在は介護職の傍ら、早川パワーとしてソロ活動の真っ最中!

 

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