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行ったことのない街の、感じたことのない空気に、
ふとした瞬間、まるで記憶が戻るかのように包まれる。
忘れてしまっただけかもしれないし、ものごころつく前、もしくは母のおなかの中で見たのかもしれない。夢に描いたのかもしれないし、テレビドラマや、古い映画で見たことがあるのかもしれない。それはたとえば、音楽を聴いているとき。本を読んでいるとき。なにか、いいにおいをかいだときに浮かんでくる。デジャヴとはちょっと違った、ノスタルジックな感覚。
いでくんが描く海には、ぼくは一度行ったことがある。確かに、あの海には、ああいう船が浮かんでいて、ちゃぷちゃぷと波を打ちながら、あの夜の港はたくさんの光に、満ちていた。灯台の先のスナックでは、誰かと誰かが恋におちて、この港町を出るための作戦を夜な夜なたてている。煙草の煙がそっと輪を描いて、かもめと大型トラックが横切る。そうそう花火も時々、あがっていた。とてもきれいだったのは覚えてる。でも、いつ、どこで、だれと行ったのかは思い出せない。白い紙が、彼のえんぴつで、塗りつぶされればぬりつぶされるほど、その記憶が鮮明になっていく感じ。
絵描き・いでたつひろの、ニュートラル。
PHOTO&TEXT:JUNYA KATO(PARK INC.)
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加藤 いでくんの紹介って、イラストレーターということでいいのかな?
いで うーん。ぼくは(仕事の発注を受けて絵を描く)イラストレーターというよりも、作品を作って展示をしたり、その絵を買ってもらったりする活動をしたいので、肩書きは難しいですね…。所属している事務所ではアーティスト兼イラストレーターという肩書きにしてもらっていて。仕事するにあたっての表現の1つとしてイラストというのもあるのかなと。
加藤 求めてくれるひとがいれば、描く。
いで そうですね。でも作品として描く絵と、イラストとして描く絵は完璧に意識して分けていて。やっぱり作品として描いている方の絵はどうしても手法的に時間がかかりすぎてしまうので、あまり数を作れないので、〆切りのある仕事となるとなかなか難しいんですよね。コンピューターもつかわずに手だけなので。なので、表現方法でバランス取ってます。
加藤 とはいえ仕事もしていかないとだもんね。
いで そうですね。でも、やっぱりうれしいのは、自分が表現したいと思ったものを描いて、「いい!」って言ってもらえる時ですね。誰かに気を使うこともないし、寄せる必要もないので。それがいちばんいいに決まってますけどね(笑) 作家としてそれで食べていけたら幸せですよね。
加藤 となると、『展示』して見てもらって、買ってもらうっていうのが一番しあわせな流れだね。
いで そうですね。展示という表現がいちばん自分の中でしっくり来ますね。
加藤 この前、中目黒のセレクトショップの店内で展示しているのを見に行ったんだけど、すごくお店になじんでて。いい意味での違和感も含めて。ああいうのはコンセプトをお店と話をして描きおろして行くの?
いで 一度、そのお店とコラボしてTシャツを作らせてもらったことがあって、その時のテーマがたまたま「夜の海」っていうテーマで、自分が作品として描いてるテーマにも近かったんで。その延長で自分の作品の展示もやらせてもらったんですよね。
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加藤 白い灯台とか、船とか、遠くに見える港の光の表現とか、夜の海っていうテーマで描くようになったきっかけはなにかあるの?
いで なんで描き始めたんだろうなぁ(笑)去年の夏前くらいに急に「夜の海」って。でも24、5歳から絵を描き始めて、光の表現とかはちょくちょくやってはいて、ずっと続いてるテーマだとは思うんですよね。あとは貨物船が好きで、よく見に行ったりしていて、船は単体のモチーフとしてたくさん描いててたんですよね。そのうち船だけじゃなくまわりの景色も描きたくなって。
加藤 静岡の海っていうと、熱海とか伊豆とか、あのあたり?
いで いや、静岡でも富士宮ってところで、富士山のふもとだったし、海も近くなくて。どこの海っていうのは特にないんですけど。でも、完璧な想像だけじゃあなくて、海にありそうだなって思うものを描くようになって。なんで描き始めたんだろう…(笑) すごく惹かれるものはあるんですけど、それはなんでだろうっていうのが自分でわからないから描き続けてるっていうのもありますね。
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加藤 鉛筆っていうツールをえらんだ理由は?
いで 2年くらい前ですかね。それまではペンを使って点描(線ではなく点だけで表現した絵の表現)で描いてて。でも、なんかそうやって細かく描くと、そっちの細かさや技術の方ばかり見られて、あまり絵そのものを世界観を見てもらえなくなってしまうなって思って、で、描きたいものを描きたいなって思って、自然と鉛筆の表現になって。最初は1日で1枚描けちゃうくらいの密度で、人物を描くことが多かったんですけど、自分の性質なんですかね、すぐ描けるものっていう表現がどうしても合わなかったんですよね。本当は時間はかけたくないですけど、ちょこちょこ描いてる方が性に合ってるなぁと。それでもちゃんと絵を見てくれるひとがいるから、描きたいものを描こうと。また変わってゆくかもしれないですけど。
加藤 そもそもなんで絵を描こうと思ったの?
いで 20歳の時に1年間オーストラリアに行くんですよ。それまでは大学生だったんですけど。
加藤 大学は芸術系?
いで いや、静岡から山梨の大学に行って文学部の英文学科を専行してました。その時に教わってた先生が1年間オーストラリアに赴任することになって。大学3年だったんですけど、4年になったら違う先生になってしまうって聞いて、ぼく、それがイヤで、絶対にその先生に教わりたかったんで「大学休学してバイトして待ってます」って。そしたら先生が「それならついて来たら?」って。外の世界も見ておいた方がいいし、いろんな価値観を知った方がいいっていうので、親を説得して1年間オーストラリアに行かせてもらって。
加藤 オーストラリアは大学?
いで いや、大学に行くわけでもなく、ただ部屋を借りて生活してただけですね(笑) しかも暇だったんで先生より2ヶ月先にオーストラリアに行っちゃって、何もすることなくて、すぐ帰りたかったですね。すぐに無理だなと(笑)頼るひといないし(笑) とりあえず家にいても何もやることないから、自転車買って街をうろうろしてみたり。あ、そんな中で、日本から唯一、ずっと好きだった水木しげるの漫画を持って来てて、日本を感じれるものがあったらとにかく読みたいって時だったんで、オーストラリアで改めて読んだら、すごくて。よく見たら背景を点描で描いたりして、「すっげー」っと。それが発端ですね。
加藤 オーストラリアという広大な土地で読む水木しげる…。すごい入ってきそう(笑)
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いで で、時間もたくさんあるし、やることないけど、近所にすごく大きな木があったんで、とりあえず紙とペンを持って、「よし、これを2ヶ月かけて描いてみよう」と。で、点々で描き始めて。そしたらなんか、たまたま「蚤の市(骨董品などが集まるフリーマーケット)」みたいな地元のひとたちが集まるアートマーケットをオーストラリアで主宰してるひとがその絵を見てくれて、「いいね」って言ってくれたから、その木の絵のポストカードとか作って、そのマーケットに参加して、売ってみたり…。
加藤 え、その木の絵だけで勝負したの?
いで そうですね(笑) そこからですね、点描で絵を描き始めたのは。で、帰国して、大学卒業して、職もなくフラフラしてましたね。
加藤 学校卒業して何かなりたいものとかは? せっかく英文学勉強してたわけで。
いで なかったですね。当時はなにも考えてなかったです。一応、英語の教職免許は取ったんですけど、教師になるつもりもなく、なんとなくほかの教科にくらべて英語の成績がちょっとよかったくらいでえらんだ学科だったし。でも、当時24歳くらいですかね、原宿にあったYoutu Recordってところが好きで、よく通ってたんですけど、そこで絵を展示させてもらえることになって。自分が絵を描いたら、見てくれるひとがいるんだなぁって、そこで一念発起ってわけじゃあないですけど、東京で絵でやっていこうって思って、決めちゃったんですよね。もちろん最初はバイトをやりながらだったんですけど、すぐにイヤになっちゃって。だってもともとオーストラリアでもそうでしたけど、たっぷり時間がある中で描き始めたのに、昼間はたらいて、夜の限られた時間だけで絵を描くっていうのがイヤでイヤで。しかも点描なので少ししか進まないんですよ。
加藤 バイトしてる場合じゃあない。
いで はい。やめちゃいました(笑) となると、絵を売るしかないですね。
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加藤 でも絵の勉強をしてない絵とは思えないよねえ。
いで こどもの頃から好きで描いてはいたんですよ。らくがき程度でしたけど。そのくらいですかね。鉛筆の持ち方もちゃんとやってるひとからすれば変だと思いますし(笑) そういったこともあるんで、イラストレーターとして仕事で食べて行こうとか、美術館で展示みたいなのも、あまりイメージできてないまま始めちゃってて。描きながらこうしたいああしたいっていうのが徐々に、決まっていったというか。
加藤 それでも絵描きを続けたいって思えているのはなんでだろうね。
いで 3年くらい前なんですけど、地元の静岡で個展をしたことがあったんですけど、すごく売れたんですよね。絵が。しかも変な感じで売れて。「え!」って。
加藤 変な感じでっていうと?
いで ぜんぶ売れました。
加藤 すごい。
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いで すごいって思うと同時に変な気持ちになっちゃって。そうでもないだろう…っていうのも売れちゃって(笑) でも絵で食べて行きたいっていうのもあったんで、自分の中で売れそうだなって思うものを描いてみたっていうのはあったんですよね。それはそれで自分の好きな絵なので、いいんですけど。
加藤 自分の絵に自信がついたわけだ。
いで そうですね。でもちょっと違和感を感じていて。なので、去年の夏にまた静岡で個展をさせてもらった時は、売れる売れないは度外視して、自分の表現したい「海」のシリーズを、きっちり描いて展示したんですよね。
加藤 反響は?
いで まぁ見事に売れなかったですね!(笑)
加藤 まさかの(笑)
いで でも、捨てる神あれば拾う神ありで、その展示を見てくれたひとがCDジャケットにぼくの絵を使ってくれて。それがきっかけで、また広がって。展示の結果としてはひどかったですけど、長い目で見たら良かったなと。いいと思って正直に描いていれば、見てくれるひとはいるんだって、その時にわかって。だから、その気持ちにさからわないで、素直に描ける時は描こうって。
加藤 素直に絵を描いてる時ってすごく気分が良さそうだよね。うらやましいって思うひとはたくさんいると思うよ。
いで いや、描いてる時は苦行でしかないですよ(笑) 描いても描いてもまだここかぁと。辛くて辛くて、もう本当にやめたいって思うんですけど、でも完成は見たいじゃないですか。だから、出来上がった一瞬がいちばん楽しいですね。「よし!できた!」と。でも「はい!つぎ!」と。だから幸せなのは一瞬ですね。
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加藤 今後はどうしていきたいっていうのはあるの?
いで 出が出ですし、はじめたのも遅いので、そんなに気負うつもりはなくて、いままでも流れでやってきたので、これからも流れで変わって行くのかなって。鉛筆じゃあなくなるかもしれないし、またペンで描くこともあると思うんですよね。あとはいままでずっと出会いがすごく重要だったんで、これからもいろんな展示に参加させてもらったりして、いろいろなひとに会えたらなぁと。でも、これってただの他力本願ですよね…大丈夫かなこんなインタビューで(笑)
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いで たつひろ / TATSUHIRO IDE
1984年生まれ。東京を拠点に2009年から絵描きとして活動開始。 点描画をはじめ、鉛筆を使ったモノクロの絵を中心に作品を発表している。 書籍装丁、雑誌、看板、Tシャツ、CDジャケット、内装など様々なものにその独特な世界観を描き出す。
↓ いでくんの作品はコチラで見れます
http://idetatsuhiro.tumblr.com
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