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誰よく晴れたある日。例えば自転車に乗って、信号待ちや横切る幼稚園児の列、ふとした瞬間に立ち止まって、そっと振り返ると、遠くに小さな山があって、そこは春になると満開の桜が咲くという。じんわりと汗ばんだシャツに気を取られていると、頭の上を、ぶおおと汽笛が通り抜ける。もうすぐ船が出る。

入道雲の手前には、ベランダに干された真っ白なシーツ。景色は流れて行き、公園で走り回るこどもたち。噴水。目線の先に、虹がかかる。時々聞こえる吹奏楽部による優雅な不協和音。まるで短編小説のワンシーンみたいな景色。

海のにおいと山のにおいと、街のにおいが合わさった街で、アナは生まれたんだと、2人の物語を通じて知る。そして「イメージと出来事」は、誰かの小説の中みたいな景色だって、実は自分たちの世界の延長線上にあるんだと、気づかせてくれる「音楽」だった。

その音楽は、震災を乗り越え、30という節目を乗り越え、いまを生きるぼくらに、やさしく寄り添う。

アナ・大内 篤 の ニュートラル。

PHOTO&TEXT:JUNYA KATO(PARK INC.)

 

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加藤 ツアーお疲れさま。大久保くんの読んだ?

 

大内 読んだ読んだ。大久保さんっ(泣)

 

加藤 福岡帰りたいなってね。

 

大内 そうそう。わかるよ。こないだのツアーでも思ったけどさ、福岡のひとたちって、すごいいいひとたちやなって。大久保がMCでさ、「何年後になるかわからんけど福岡に帰るつもりでやってるんで」って言った時が一番盛り上がった。どの曲よりも、盛り上がった。その時にやっぱ、福岡の『アナ』なんやなって。

 

加藤 帰りたいって思う?

 

大内 今は帰れん。せっかく東京出てきたけんさ、何かをこっちでせんかぎりは、帰っちゃいかんなあと思って。たまに帰ったり、Facebookで見てたりしても、福岡にずっと残り続けてきたひとたちががんばってきたことが、すこしずつカタチになって実のりあるものになってて、福岡がどんどん魅力的になっとるけん。東京との距離もどんどん縮まってるしさ。やけん、帰るなら何か持って帰らんと。

 

加藤 具体的にイメージはある?

 

大内 例えば、福岡でアナを見るお客さんが、東京に自慢できる状態かなぁ。「アナのライブは福岡に来んと見れんとよ」とか。そんな価値が生まれてほしい。

 

加藤 アナを見るために福岡にひとが集まる。まるで観光地だね(笑) 実際に福岡でやるとどう? 盛り上がる?

 

大内 どっちかっていうと授業参観やね(笑) 踊るっていうより見守ってくれる感じ。こっちもドキドキだし、向こうも「大丈夫かな〜」って感じで。

 

加藤 東京行ってキャラ変わってたらどうしよ〜って。

 

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大内 地元でずっと聞いてくれたり、応援してくれてるひとたちにもさ、もちろん前列で踊って楽しんでくれるひとたちもおるけど、応援はしとるけど踊るとかじゃあないひともおるしさ、子供ができて、やっと大きくなったからライブに連れて来ましたとか、いろんなひとがいて。

 

加藤 もうすぐデビュー10年だもんね。そりゃ。

 

大内 そうやね(笑) で、『イメージと出来事』のツアーからさ、スタイルも変わってさ、いままでは四つ打ちで「踊れ〜」みたいな感じやったけど、いい感じにそれが崩れて、ゆれてさ、音楽に乗って、お酒を飲むとかさ、曲で楽しむこともできるからさ。良かったよ。

 

加藤 一時期はステージでドリルをふりまわしてたしね。

 

大内 あれもね。思い出の1つとして盛り上がるよね。そう考えると、ずっと続けてきてよかったなと。みんなで一緒に成長してる(笑)

 

加藤 大久保くんとおんなじ質問するけどさ、東京来てどう? 良かった?

 

大内 俺はね、良かったよ。それこそ、福岡の中でも九州でいちばん都会って言われてるところに住んどってさ、ここより都会ですごいとこって言ったら東京しか知らんで、で、中学高校の時に、父親が単身赴任で東京だったから、休みのたびに東京来てさ、1週間くらい泊まって、渋谷系大好きだったから、原宿に行って、NOWHEREでAPE買うために並ぶとかさ、渋谷のタワレコ行って、タワーブックスで本を読みあさったりさ。そういうのやりよったから、東京が好きなんよね。憧れがあった。フィッシュマンズの世田谷の感じを想像してね。イメージと出来事の写真も世田谷で撮ってさ、撮ってる時も「この辺のことか〜」って。

 

加藤 宇宙・日本・世田谷の世田谷って本当にあるのか!って(笑)

 

大内 東京出てきて5年やけど、その間に3つの街に引っ越してて、結構楽しんどう。そのまちまちの空気が。東京だとさ、地下鉄の駅やJRの駅とか、1つ1つの街を楽しめるからすごいよね。もちろん福岡にもあるんやろうけど、メジャーなところでしかあそんでなかったけん、実家だったし、全然知らんやったけん。

 

加藤 暮らすってそういうことだよね。

 

大内 だから急行とかが停まる大きな駅じゃあなくて、各駅停車が停まる小さな駅をあえて選んで住んでる。

 

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加藤 音楽への影響は?

 

大内 ない。全くない。どっちかっていうと好きだったギターに戻った感じ。『DRILL』(3rdアルバム)とかは『アナ』っていうキャラに合わせてギター弾いてたけど、今回のアルバムで、好きだった音楽というか、ルーツに戻った。1つのアナが終わって、戻ってきたって感じやね。

 

加藤 戻ったと言っても福岡時代とはまた違うんだろうね。

 

大内 今の方がちゃんとしとうけん、自信もってのびのびできてる。浮ついてない(笑) ちゃんと生きとうけん音楽くらいやったっていいでしょ。今なら堂々と言える。「バンドやってます」って。ちゃんとみんなと同じように仕事もしてるし、さらにステージに立って、リリースしてるんだから。

 

加藤 文句あるんならマネしてみろ! と(笑)

 

大内 けど、ちょうど今日さ、この前のワンマンのライブ写真がアップされとったんやけどさ、あれ見るとさ、俺のドヤ顔がヒドくてさ、びっくりした。ヤバい、傲慢になってきたかなあって。『ちゃんと生活してます感』がさらにドヤ顔をひどくしとったけんね。「ついてこい」顔しとった。なんも正解出してないくせにさ(笑) でも、浮わついてないよ。

 

加藤 そもそもギターはなんではじめたの?

 

大内 実は家が音楽一家で。お父さんがそれこそ、学生時代にベンチャーズの来日の前座やっとったり、兄ちゃんも関西で音楽やってたし、姉ちゃんもピアノやっとって。いとこもバリバリのバンドマンやったし。家にレコードもギターもあって。お父さんが一番こわいギターの先生やったけん、いまでもお父さんの前でギター弾けん(笑)

 

加藤 環境はばっちりだね。

 

大内 でもそれに甘んじるタイプやけん。常に与えられて来たからさ、ついつい満足しちゃうよね。九州一の繁華街で育って。都会で、そこそこ勉強もできる私立で、剣道部バリバリで。なんで『ノイズ共同体』に入ったんかな(笑)

 

加藤 誘われたの?

 

大内 たまたま席が隣で。大久保が「俺ギターちょっと弾けるっちゃん」って言ってて、俺も「たいしてうまくないけど弾けるっちゃん」て言ったがためにはじまった。中1の4月か5月くらい。最初は合唱コンクールで大久保とふたりでギター弾かせてもらって。キリスト教系の学校やったから、賛美歌をギターで(笑) でも姉ちゃんがその発表を見てて「すごいノイズだったよ」って、その時に「ちゃんとやろう」って。

 

加藤 そこから20年。どこの大物の話だっていう数字だよね(笑) 喧嘩とかは?

 

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大内 中学校の時だけかな。俺は言いたいこと言うけん、ネガティブにもならんし、それで大久保はイラッとすることあるかもしれんけど(笑)

 

加藤 辞めたい!とかなかったの?

 

大内 なかった。あの時のまんま。しかもいまがデビューしてから一番仲がいいと思う。ずっと大久保の自信とか、いいところを引き出す係やったけん。最近の大久保すげーなーって。ウソじゃなくてね、本当に思いようけん。

 

加藤 ウソなわけないよね。20年だもんね。

 

大内 別にメンバー探したわけやないしね。おんなじ教室で息があったとかじゃあなく、たまたま隣の席だっただけやしね。だけんかな、アナおもしろいな〜って、ずっと続けてると思える。

 

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加藤 ずっと続けてくってどんな感じ?

 

大内 10年も応援してくれるひとがおるってことに、この前のツアーで改めて気づいて、本当にうれしいなって。

 

加藤 20歳でアナを知った子がいま30歳か…。責任もあるよね。「わたしの青春返して!」って(笑)

 

大内 そう。アナとしての責任。だから滞ってる場合じゃない。福岡時代に『FLASH』ってアルバム出して、ツアーやって気を抜いて完全にうごきが止まったんよね。『制作期間に入ります』とか言って、それが大失敗やったから。売れてるバンドが言うことだよね。あの悪夢はイヤ。「いよいよ東京いかな…」って。次行くとこないけんさ、だからどんどんライブをしていこうと思ってる。待っとるひとがおるけん、動いとかななって。『イメージと出来事』をリリースして、ああいう音楽やけんカフェとかそういった場所からも誘いの声がかかるようになって。今までと違ったひとにも届くような気がして。可能性を感じるよね。

 

加藤 あれだけいいアルバム作れて、止まらないって判断できるのはすごい。しかも10年で。

 

大内 うん。ずっと応援してくれてるひとに「アナ好きで良かったなあ」って、言わせたいよね。ちゃんと返したい。

 

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公園みたいなモノやコト

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大内 実家の話なんやけど、福岡に桜が有名な「西公園」ってのがあって。ほんと目の前で、ベランダ開けたらすぐ山になっとって。ずっとそこに住んどったけん。小っちゃい頃はそこに秘密基地つくって、蜜塗ってカブトムシつかまえて。結構ね、公園の横で生活しとるけんさ、あって当たり前みたいな感じかな。東京でも公園の近くに住んどるし。

 

加藤 結構身近にあるね、公園。

 

大内 住んでたところは山もあったし海もあったし、都会はすぐそこだし、福岡ドームもあって、家に音楽があって。

 

加藤 苦労してないなー。

 

大内 苦労してないかもなあ(笑)

 

加藤 順風満帆。ねたまれるぞー(笑)

 

大内 いいよ。だって順風満帆にいきたいって思いよったけんね。順風満帆でいいでしょう。苦労しないように努力したけん、苦労してないだけかもしれんし。人生設計の中にアナがあるわけで。

 

加藤 苦労しないような道を選ぶために努力してる。

 

大内 本当にそうやったらいいけどね(笑) でも本当は「苦労しました」、「頑張りました」っていうのはイヤ。できればかっこよくいたいけん。バンドやってても、ちゃんと大人になりたかったし。理想は高いよ。そのために音楽も生活もちゃんとやってきたけん。こうなりたいってのが1つあって、バンドとしてというより、1人の男として。それに対して、どうにもならんことがあっても、あきらめないでちゃんと説得してきた。相手が大久保だろうと誰だろうと。だから、いまはアナを続けて、たくさんライブやって、福岡がもっと良くなるために、持って帰れるものをちゃんと作らんと。福岡も大きいけんね、そんな簡単にはいかんかもしれんけど。

 

加藤 街づくりみたいな考えだね(笑)

 

大内 街づくり、してみたいな。

 

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大内 篤 / ATSUSHI OUCHI
1981年福岡生まれ。アナのギターを担当。05年にソニーミュージックからデビュー。その後京都のインディーズレーベルSECOND ROYALに移籍し2014年5枚目のアルバム『イメージと出来事』をリリース。その他にオルタナティブバンドsaltleeへのギター参加や、デザイナーとしてアナのオフィシャルウェブサイトも制作。
http://www.a-naweb.net/

 

 

 

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