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誰もいなくなった教室の窓の外で、いつまでも鳴り響いてる不安定な吹奏楽。もうすぐきれそうな蛍光灯は、チカチカとまるでSOSのサイレン。もしくは時間旅行の切符。廊下を曲がり消えて行ったスカートのすそ。
まるで放課後みたいな一日。
違うクラスのヤツと、同じ目的で集まると面白い。
誰かが呼びかけるのではなくて、噂だけで集まる。
アナ http://www.a-naweb.net
先日リリースされた5枚目のアルバム『イメージと出来事』。言葉やメロディは凄くポップなのに、大きな「喪失感」に溢れてる。緊張と緩和が不思議な世界を作り上げてる。つまり「ポップである」ということはとても切ないんだってことがよくわかるアルバムだ。
その切なさが、言葉やギターの音色になって、ぼくらの「生活」とシンクロした瞬間、ちょっと苦しくて、ちょっとつらくて、ちょっとやさしくて、むせ返ってしまうと思う。ツアーを終えたばかりの、この放課後なのか、帰り道なのかわからない、まどろみの中で、大久保潤也のニュートラル。
PHOTO&TEXT:JUNYA KATO(PARK INC.)
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加藤 博多弁どうしよう。そのまま書いた方がいいかな。いつもどうしてる?
大久保 特に指定はしてないけどね。でも、最近は博多弁をおしていきよる。2割増しくらいで使ってる(笑)武器になるけん。
加藤 地元、好きだもんね。
大久保 大好き。大好きやし、最近とくに思う。東京にもう5年くらい住んでるけど、最初はまったく出てくる気なかったけんね。福岡時代にSONYと(契約して)バンドやりよったけど、「東京に出てこい」っていうより、「福岡の方が環境的にもいい曲書けるだろうからわざわざ出てこんでいい」っていわれてて、福岡で活動してたんやけど、どうにもならんくなって。
加藤 実際、東京に出てきてどう? 良かった?
大久保 新しい友達ができたくらいで、特に…(笑) でも、だからってそのまま福岡におり続けても、ぜんぜん良くはなかったと思う。『地元のちょっとだけ有名なひと』で終わりだったろうし、福岡に残っとれば良かったとは思わんけど、いざ東京に出てすげー良かったかっていうと、そんなことはない。だから将来的には、いつか帰るだろうなと。決意というか。
加藤 そりゃ方言2割増しだわ。だいたいのひとは田舎になんか帰りたくない。
大久保 福岡やけんと思うっちゃけどね。福岡がね、帰るたびに街としてすごいおもしろいなって思う。東京は家賃も高いし、物価も高いし、人生初の貧困を味わってる。「これが貧困か…」って(笑)。福岡は実家やったけん東京きてはじめて自炊してる。
加藤 働かないと食えないって聞いてたけどこのことか…って(笑)
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大久保 そう。なんかね、あまり苦労せずに生きてきたんよ。裕福とは言えないけど、育ちも悪くなくて、中学高校もわりと勉強もできるヤツが集まる私立で。医者の息子とかがいるような。で、(メンバーの)大内とは中学1年から出会っとるけんずっと音楽一緒にやりよって。中学の時は『ノイズ共同体』っていうバンドで。*人生のコピーバンドやってた(笑)
*人生…電気グルーヴの前身にあたるニューウェイヴバンド
加藤 中学でバンドって早いね。
大久保 俺も大内も兄貴がおったけん。いわゆる90年代の音楽はそこで吸収して。しかも兄貴がすごいアーティスティックで。その兄貴に憧れて大学までおんなじ学校にずっと行っとったんやけど、どこ行っても有名な問題児。しかも3つ上やけん、同じ学校に入ってももうおらんくて、兄貴が作った轍(わだち)だけできてる。で、先輩たち先生たちも「大久保の弟が入ってきたからアイツは要注意だ」って。ずっとそれでやってきよったんよ。だからそこはすごいコンプレックスで…。俺はどっちかっていうとすごいマジメで、兄貴にくらべたら普通で。でもみんな教室に見に来よるの。『大久保の弟だ』って。でも俺、そんなに狂ってないから。なにもできんから。そのブラザーコンプレックスの反動で『なんかやらな!なんかやらな!』って。
加藤 で、アナを。
大久保 そう。で、はじめて大学で兄貴と一緒になるやん。兄貴に誘われておんなじバイトもして。はじめておんなじ空間に入って共通の知人もできるわけよ。そしたら実は兄貴が「俺には弟がいて、バンドやりよって、すごい才能があるんだ」ってみんなに言ってるらしいってのを知って。兄貴も音楽やってたり、憧れのひとが「認めてくれたんだ」って。その頃から学祭に呼ばれるようになったり、地元でアナが脚光あびるようになって。福岡大学ってところ行っとったんやけど、そこの学祭に呼ばれて、打ち上げで学生の子に「大久保さんって普段なにやってるんですか?」って「この大学の生徒です」って言ったら「え〜!」って。
加藤 生徒じゃなくてバンドとして呼ばれてる(笑)
大久保 ちょっとした有名人やね。
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加藤 兄貴も弟も人気者ってすごいぶっ飛んだ家系だね。
大久保 いや、逆。すごい堅い家系。いまだに(バンド活動)理解されてない。親戚一同の中でも謎な存在で、うちの家系に音楽の才能があるヤツがいるはずない!やめろやめろって(笑)
加藤 就職 or バンド。そこはどうしたの?
大久保 就職活動まったくしなかったし考えてなかった。というか、そもそも高校卒業する時点で、親に、音楽やりたいから大学いかないって言ったのよ。でも家系的に…親族一族の中でフリーターなんて出てないから。大学院か企業に就職するかだったから、バンドやって良いからとりあえず大学行けって。4年の猶予が。で、ずっと音楽やりよった。就活の時もスーツ着て家でて、図書館で暇つぶして、親が仕事に行く頃に家に戻って部屋で曲作って、親が帰って来る頃にまた出てって(笑)
加藤 バンドで売れれば就職しなくてもいいもんね。
大久保 なんかね…確実に売れると思ってた(笑)
加藤 確実に売れると思ってた(笑)
大久保 大学卒業して1年でSONYから声かかって。だから個人的には順調やと思ってたし、給料ももらって、すごく面倒見てもらったし、25歳くらいの時に「なんとなくやってきたけど夢みたいなの叶えてんな」って。
加藤 それでも東京行くぞ!ってならないんだ。
大久保 福岡いいもん。
加藤 そうなんだろうね(笑)
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大久保 で、SONYから3枚CD出させてもらって、地元に有名なバンドが来たら前座やらせてもらえて、地元のイベントに呼ばれたらトリをやらせてもらえたし、で、安定しちゃって、ずっと横ばいで…どうしようもない感じになって…焦っちゃったんよね。これ、実はアナ、売れてねーだろって。福岡でちょっと人気なだけで、違うだろうって。その頃、毎月のように東京に呼ばれてライブをやりよったけど、温度差を感じはじめてて。
加藤 危機感を感じるわけだ。
大久保 そう。東京と福岡ではバンドの数もシーンの数も熱量も違う。これじゃあマズいと思って。
加藤 東京に出ないとと。
大久保 そもそも苦労してないんだよね。『苦労してないコンプレックス…』。ミュージシャンたるもの片親で、親父に殴られ、反骨精神で拾ってきたギターを持って、みたいな(笑) だから幸せじゃあだめだ、満足したら終わりだって常に思っちゃって…。で、大作を作るために苦労しないと!と思って、その当時、大好きだった彼女をわざとフって、それで苦しんでできたのが『FLASH』ってアルバム。書けた。それでも、幸せになっちゃダメだって思って、苦労しないと、もう無理にでも東京に出ないとと思って、最後の最後まで東京に行きたくないっていうメンバー2人を説得して、東京に出た。
加藤 痛みを感じるために。
大久保 で、なんか、なんだろう…すごく苦労した。さっきも言ったけど、東京で初めて苦労した。大久保潤也はじめての挫折(笑) 多分他の人から見たら大したことないやろうけど。
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加藤 満を持して東京に出てきたというか、順調そうに見えたけれど。
大久保 でも東京出たタイミングで面倒見てくれてたひとが亡くなっちゃって…レーベルがなくなってSONYとの契約も切れて。
加藤 そうだったんだね。じゃあなおさら自分でやらなきゃと。
大久保 そう。だから東京に来てからは『メジャー』とかじゃなく、福岡にいた時みたいにやれることをやって楽しもうというか、地産地消みたいなことをしないとって。でも、前回のアルバム『HOLE』を作った直後に震災があって、半年くらい何書いていいかわからない時期があって…。みんなそういうモードやったやん。今までみたいに『自分のこと』とか書いて唄ってていいのかな…とか。でもまわりで直接的に被害を受けたりしているひとの言葉を聞いたりすると、ますます俺が唄うことってなんなんだろうって、半年くらいなにもできなくて。そこもコンプレックスやったんやけど。なんかすげーコンプレックスだらけ。未だに(笑)
加藤 なんだろう、真面目なのかな(笑)
大久保 いや結局、苦労してないんよ(笑) でもその頃、洗濯物が外に干せないとか、マスクしないと歩けない子供を見たりするより、ベランダに洗濯物が干してあったりするのを見て、やっぱりああいう『生活』がいいなって。原発の問題で苦しんでるひとがいるけど、俺は普通にひとを好きになって恋愛するし、やっぱり『それでも続いて行く暮らし』みたいなのを歌にしていきたいなって、思い直すようになった。
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公園みたいなモノやコト
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大久保 実は東京で部屋を探す時の条件で『近くに公園がある』っていうの条件にしよったし、いま住んでるところも近くに大きな公園があって、ジョンギングしよるけん、公園はよく行くけどね。それこそ煮詰まった時に、歌詞を書きに行ったり、夜行くことが多いんやけど、早起きして朝走ったりするとまったく別の世界があってさ、野球やってたり、犬の散歩してる家族がいて、親子連れがいたかと思ったら200m先に昼から酔っぱらってるヒトもいて、夜になると、ホームレスが現れて、怪しいカップルが2人でトイレに入っていったり(笑) なんかね、なんだろうね、いろんな『生活』が見える。だから映画を見る感覚で公園に行くね。
加藤 イメージと出来事って、『公園』が似合うよね。
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大久保 実際、『下弦の月』って曲は羽根木公園(世田谷)で書いた曲やし。震災以降のこのアルバムで、はじめて大久保潤也のことを俯瞰したり、想像で『誰かの生活』のことを書いたんだけど、勝手に公園で見たひとの人生想像して。短編小説みたいに歌詞を書いて。
加藤 だから今までにくらべて言葉が『残る』ような気がするのかな。生活に似合う。コピーライターって職業を生業にしはじめたっていうこともあるけれど、バンドとか、アーティストの音楽というよりも、もっと生活のBGMになった。
大久保 短編映画のそれぞれの主題歌みたいなアルバムになった。
加藤 これからどうしていきたいとかってあるの?
大久保 今までは『表現者』として、苦労しないと…とか思って、東京に出てきてみたり、彼女と別れたり、自分のことばかりだったけれど、奇抜なことだけが表現じゃあないんだなって。だから、これからは、『生活者』として、自分の表現の能力を活かして、音楽だけに限らず、届けて、誰かのためになったらいいなあぁ、ちょっと思い直しとう。だから、最近は福岡に帰りたいなあって。
加藤 地元愛(笑)
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大久保 潤也 / JUNYA OKUBO
1982年福岡生まれ。アナの作詞作曲、ボーカルを担当。05年にソニーミュージックからデビュー。その後京都のインディーズレーベルSECOND ROYALに移籍し2014年5枚目のアルバム『イメージと出来事』をリリース。他アーティストへの楽曲提供やプロデュース、CM音楽や映画音楽の制作、コピーライターとしても活躍中。
http://www.a-naweb.net/
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