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知り合ってから約10年間。彼がベースを弾いているバンド・VIDEOが好きで、欠かさずライブに足を運んでいたこともあったし、同じバイト先で毎日のように顔を合わせていたこともあった。半年くらい平気で会わない時期もあったけれど、いまは、とあるプロジェクトのために毎週欠かさず、会っている。
東京の、座れる所ならどこだっていいからとコンクリートの淵に座って、コンビニで買った缶ビールを並んで飲んでいたぼくらの口には、いま、熱いコーヒーが注がれ、そこからたばこの煙のように「街」や「くらし」なんて言葉が出るようになったのは最近のこと。
VIDEOのベーシストとして向き合う時間よりも、ライター・エディターとしての根岸達朗と向き合うことが、ここ最近、増えた。
たとえば街や商店街をオーケストラに見立て、街中にみんなで音楽を鳴らす。だれかは指揮者のタクトのように筆を振り、街に鮮やかな絵をえがく。
そんなことができないかと、日々、毎晩のように彼と、彼の住む街のみんなと話している。ニュートラル。
PHOTO&TEXT:JUNYA KATO(PARK INC.)
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加藤 フリーになったきっかけは?
根岸 フリーになる前は、WEBの会社でサイトの構成を考えたりする仕事をしていたんだけど、わりと会社にこもってひとりで作り込むっていう作業が多くて、それはそれで面白かったんだけれど、だんだんひとと話したりする機会が減って。個性を出すっていう内容でもなかったし、だから『根岸達朗』としてひとと会って話す仕事をしたいなと思って。で、もともとその前が編集プロダクションにいて毎日のようにひとに会って取材してっていう仕事で、それが凄く面白かったから、その時の経験も活かせるなと思って。やっぱライターだなと。
加藤 フリーになってみてどう?
根岸 自分の裁量で動けるっていうのがいいよね。自由で楽しいよ。
加藤 でも最初はなかなか大変だったんじゃない?
根岸 うん。こどもが産まれたこともあって、いろいろなフォローも必要だったから嫁の両親が住んでる小平市に引っ越したんだけれど、住むからには、その街で役に立てる仕事がないかなって。で、いろいろ探してたら、『MyStyle』っていうNPO法人があるのを知って、そこの活動方針が自分の考えてることとシンクロして。自分らしいスタイルを活かすとか、暮らしやすい街づくりとか、コミュニティビジネスの応援とか、だからすぐに会いに行ったんだよね。そこで自分のいままでの仕事の話とかさせてもらって、編集や文章が書けます!とか、想いを伝えてたら、代表の竹内さんという方が「ぜひ一緒にやりましょう」って言ってくれて、そこからたくさんのひとを紹介してもらって。会うひとみんな意識が高いし、話してて面白くて、なんか世界が広がった気がした。思ってるだけじゃダメだったんだなと。未熟でもできなくても良いから『まず行動』とか『やっちゃえ』って考えがそこにはあって、イベントとかワークショップをどんどんカタチにしていくんだよね。その影響もあって、今は小平を拠点にいろいろなことをカタチにしていこうと。
加藤 その最初のイベントがこの前の『お茶の間セッション』だ。
根岸 そう。地域センターを借りて音楽やってる友達呼んでライブしてもらったり、みんなでごはん食べたり、遊びに来たこどもたちも『ただ見て終わり』じゃなくて、実際にパーカッション叩いたりギターを弾いたり手作りのマラカス作ったりできる参加型の音楽イベントで、地域のひとが手伝ってくれたおかげで町のひともたくさん来てくれて、小さい規模だったけどすごく楽しくて、可能性を感じたんだよね。続けたいなと。まだまだやれることたくさんあるから少しずつ広げて行きたくて。で、加藤くんを誘った。
加藤 ぼくは小平の市民じゃあないけれど、次の『お茶の間セッション』にプロデューサー的な感じで誘ってもらってうれしかったし、ぼくもいろんなひと紹介してもらって話を聞いてると街全体の活動がすごく積極的で活発で、なんか、みんなすぐにでも『行動』したくてうずうずしてる感じがすごくいいよね。決して小さな街じゃないのに、すぐにでもつながれる想いが点で混在してて、可能性をたくさん感じる街。住民投票で5万人の票が動いた話なんかもすごい。しかも開票されてないという…(笑) なんというか、燃えるよね。動こうと思うね。
根岸 そうなんだよね。
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加藤 でも、いろんな表現や活動の仕方があったと思うけれどそもそも、なぜライターを選んだの?
根岸 文章を書くのが好きだったんだよね。日記とか散文とか。言葉のリズムだけで面白い読み物を作ってみたり、書いては消して、書いては消してた。
加藤 え、なんで消しちゃうの?(笑)
根岸 あとで読むのがイヤだったんだよね、書きたいくせに。文学部なわけでもないし、本を読むのが好きってわけでもないし、自意識過剰だったのかな…。今思えば『だからどうした』っていう文章ばかりで。でも『なんかやらなきゃ』ってのはあって。
加藤 当時、ブログからmixiに発展してSNSが普及し出してたからその影響もあるかもね。発信しないと、みたいな。
根岸 うん。それはある。まわりのみんながどんどん発信しはじめて…。あとは、こどものころに作文とか書いて褒められたことがあって、いい思い出なんだよね。あと雑誌だね。高校生の時に音楽雑誌がすごい好きで。『rockin' on』とか『Snoozer』でライナーよく読んでて、こういうの書きたいなって思ってた。音楽好きだったし。だから漠然とだったけど、好きなことを仕事にできたらいいなってのはあった。
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加藤 バンド(VIDEO)はいつから?
根岸 高校の時はコピーバンドをやってたんだけど、それは辞めて、大学からだね。大谷(NEUTRAL#006参照)を友達に紹介してもらって、よく一緒にライブを見に行ったり遊んでたんだけど、ある日「曲作ってる」って言い出して。それ聞かせてもらったら、良かったんだよね。で、ベース弾かせてくれと。
加藤 それで10年(笑)
根岸 そう、で、大谷と、もう辞めちゃったけどボムズさんの3人で、その2人が独特だったんだよね。大谷もボムズさんも感覚も独特だし、言葉がすごく良かった。いろいろ刺激を受けた。そこに影響されたのもあるかも。すごいひとたちだよね。でも、だから、俺は2人みたいにすごくないのに、なにかやりたい、なにかやらなきゃって思って、葛藤とは言わないけど、20代ずっとモヤモヤしてた。で、その頃、加藤くんとも知り合うし、編プロ時代の社長の梅田さんとも知り合うし、いろいろなイベントやカルチャーシーンでいろんなひととつながって、さらにモヤモヤして(笑) でも好きなことしか続けられなそうだし、思い切って梅田さんに「ライターやらせてください」って言ったの。自信なかったし、勉強は必要だったけど。そしたら一緒にやろうって言ってくれて。で、そこからだね。
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加藤 やってみるって大事だね。
根岸 そうだね。本当にいろいろな仕事をさせてもらって。WEBの仕事なんかは自分の記事に対してどういう反応があったか、数字でダイレクトにわかるから楽しかったし。もちろん失敗もあったし、反省もしたし、真面目な話だけど、そこからやっぱ学んでいったし。読んでくれたひとから良かったって感想をもらったりすると自信にもつながった。それまでろくな仕事してなかったからね(笑) 責任も伴ってて、楽しかった。これなら続けられるなあと。で、3年やらせてもらって、自分のやれることもわかってきたんだよね。でも、もっとすごいひといっぱいいるんだよね。俺、文章だけでそういうの、
できないなあって思って…。
加藤 で、エディターのスキルを拡張させるためにWEBの会社に入るわけだ。
根岸 WEBのメディアに書く仕事をメインにやってきたから、少なからず自分の経験を生かせると思ったんだよね。あと、その頃こどももできて、稼がなきゃいけなかったし(笑)
加藤 現実的…。
根岸 で、インタビューの最初に戻るよね。
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加藤 キレイに戻るね(笑) でも、なんで「街」のことというか「ソーシャル」なことを仕事にしようと思ったの?
根岸 編プロで「下北沢経済新聞」っていう、下北沢のお店やイベントを紹介する仕事もしていて、楽しかったんだよね。それを小平でもやりたいなぁと。自分のできることや経験を『住んでる街』に活かしたいなと思ったんだよね。で、地域のことをやろうって。あとは音楽も好きでずっと続けてることだからさ、辞める理由もないし、よくやってるなあとも思うけど(笑)そういうのも活かしたい。幸いライターになりたいって思ってライターやらせてもらってるわけだし、バンドも楽しいし、こどもほしかったし、俺ひとりではなんもできないけど、みんなのおかげで楽しくやらせてもらってるなって想いもある。最高だよ、ってこんなんでいいの(笑)
加藤 いいんじゃないかな(笑)
根岸 だから、どんどんやらないとね。今後も好きなことを活かしながら活動につなげていけたらいいな。
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公園みたいなモノやコト
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加藤 公園を通り越してもう農業はじめるでしょ?
根岸 うん。なんでだろうね(笑) わかんないけど。ヒーリングなのかな。でも昔からぼんやりと「いつか農業やりたい」って思ってたよ。で、農業やりながらでも文章は書けるし、だから自分のくらしに合わせて文章を書けたらいいなと。そういう仕事の仕方に憧れるし、背伸びして文章書けないからさ。日記を書くみたいに自分の状態を書いて行きたい。
加藤 日記書いてお金もらうなんて贅沢な話!
根岸 そうだよ、だからそんなにお金はもらえないよ(笑)
加藤 でも、やっぱどこかうらやましいなあ、そういうの。
根岸 いや、でもみんなすごいよ。どんどん発信してるしさ。俺の場合はある時期、自分がすごくないってわかったからさ、割り切ったからできることがあるってだけで、だから自分の手が届くところでやれることをやりたい。
加藤 PARK MAGAZINEが目指してるところもそこなんだよね。自分の手のとどくところをみんなで耕して、野菜育てて、みんなで食べたい。売りたい。だと、農業に近いかも。
根岸 そうだね。
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加藤 そうそう、公園とか行く? もしくは公園みたいな感覚でいれるところ。
根岸 行くよ。夜とか。近所の公園に。スーパーに買い物行って、ついでにビール買って、まっすぐ家に帰らないで公園でビール飲んだりしてる。街灯なんかを見ながら。落ち着くんだよね。一回考えを整理できるというか、アイデアが思い浮かぶこともあるし。あ、それで言うと車の中もそうだね。エンジンもかけずになにもしないで車の中でビール飲みながら大きな音で音楽だけ聞いてる時がある。あれもいいね。普通に移動として車使うようになってからさ、そのまま居心地のいい場所になってったよね。それに、車のおかげで気軽に行ける場所も広がって、自然が近くなったんだよね。富士山を見に行こうと思えばすぐ行けるし。その流れで農業とか考えやすくなったのかも。
加藤 うん。腑に落ちるね。
根岸 いやあ、なんか、話してるうちに自分のやりたいことがひも解けてく感じがして、インタビューされてて気持ちがいいなあ。おかげでいろいろわかったよ。つながっていないと思ってたことがつながって…ありがとう。
加藤 なんだこのオチ(笑)
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根岸 達朗 / TATSURO NEGISHI
バンド・VIDEOのベーシストとしても活動する。ライター・エディター。東京都小平市の街や商店街を拠点としたオーケストラプロジェクト「お茶の間セッション2014」主宰
http://ochanomasession.com
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