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グラフィティ(graffiti)
1970年代のニューヨークの街中で、
スプレーやペンを使ったアーティスティックな『落書き』が、
電車や壁、ニューヨーク中のいたるところで発見された。
80年代に入ると、映画『ワイルド・スタイル』の公開、
さらに、キース・へリング、ジャン=ミシェル・バスキアら
ストリートアートの新星が暗躍し、
グラフィティという表現は
ただの『落書き』から
アートへ進化していく。

アートへと進化したグラフィティは、
リーガル・グラフィティ(合法的な落書き)
として、街に受け入れられることがある。

2005年の渋谷、宮下公園では、
アート性の低いグラフィティは消され、
アート性の高いグラフィティは残された。

 

グラフィティは日々、進化している。
ニシヒロタイシは、そんな進化の過程で、
リーガルなスプレーを片手に街を彩る
グラフィティアーティストである。

PHOTO&TEXT:JUNYA KATO(PARK INC.)

 

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加藤 いつ頃から描きはじめたの?

 

タイシ 高校生の時にグラフィティとかストリートアートを本やインターネットで見てて、徐々に興味を持ち始めて。

 

加藤 27歳だよね? 地元どこだっけ?

 

タイシ 山口県です。でも、兄ちゃんが東京に住んでたから、たまに東京に遊びに行って、TOWER BOOKS(TOWER RECORDSの中の本屋)に行ってグラフィティの本とか読みあさってましたね。

 

加藤 もともと絵が好きだったの?

 

タイシ いや、美術の授業とかあそびで描いてた感じです。なんでこの世界に入ったかはもはや覚えてないくらいで…。好奇心が旺盛だったんでしょうね。グラフィティってすげーなーとかは思ってて。でも山口になかったんですよね、スケートショップも潰れちゃったし、僕の世代ってもう(ストリートの時代が)終わってて…。D.I.Y精神を失った街って感じでした。むか〜し誰かが描いただろう壁の小さなイラストとか、かすれたのとかを見つけて「なんだこれ〜」ってひとりでテンションあがってて。あとは福岡が近かったんで、福岡に実際に見に行ったり、とにかく調べまくってましたね。

 

加藤 自分で描きに行ったりはしなかったの?

 

タイシ まだその時は描くっていうよりはステッカー作って街に貼ってみたりって感じです。イマイチやり方がわかってなくて…。隣町にヒップホップとかハードコアとか盛り上がってるシーンがあって、遠目で見てたんだけれど、オレの方がうまいんじゃないかなってのはありましたね。

 

加藤 東京に出て来たのは?

 

タイシ 東京の前に高校卒業して2週間だけニューヨーク(以下NY)に行くんですよね。グラフィティ見るためだけに。

 

加藤 最先端を見てみようと。

 

タイシ いや、そこまで考えてなかったっすね。向こうの風を感じに行ったって感じっすね(笑)あてもなく…。目的あって行ったわけじゃないんで、ただただ街の写真を撮って、洋服屋入って。未成年だったからクラブも行けず…。東京がNYになっただけで、やってること変わんないなと。

 

加藤 で、NY経て東京だ。

 

タイシ いや、NYでお金なくなっちゃって、地元で普通の夜勤の仕事してましたね(笑)で、東京行ってからもバイトバイトで。でもちょうどその時に、高円寺にあったLITH TOKYOってショップの稲葉さんって人に出会って、その人にパソコンを使った絵の描き方とかすげー教えてもらったんすよね。グラフィティしか見てこなかったんで、いろんなこと教えてもらって、視野が広がりましたね。パソコンでも絵が描けるんだというか。相当お世話になったし、相当迷惑かけた感じですね(笑) 毎日会ってました。そこに集まってくるひとたちとも仲良くなったし。夕方になるとみんなでビール呑みはじめて。コミュニティがありましたね。そこで知り合った友達はいまも続いてますね。そこがなかったら全く違ったと思います。

 

加藤 そこで勉強させてもらいながらバイトして自分の表現方法を探してたって感じだ。

 

タイシ そうっすね。フラフラーっとしてましたね。居場所を見つけてはそこに居座って、またフラフラして。だからまわりのひとにすごく助けてもらってますね。会うひと会うひといい人が多くて。

 

加藤 東京ってそういう街だよね。

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タイシ でもみんなが集まる場所だったLITH TOKYOがなくなっちゃうんですよね。で、バイトも辞めちゃって。ひとりで食って行くにはちゃんとデザイナーにならないと! 基礎から勉強をはじめよう! って思って職業訓練校のテスト受けたんですけど落ちちゃって…。で、フラフラしてたら、LITH TOKYOつながりで、デザイン会社の社長と知り合って、「給料は払ってあげれないけどウチにあそびにきたら?」って言ってくれて。で、毎日あそびに行くようになるんすよね。居酒屋でバイトして、会社に遊びに行って、簡単なデザインや雑務をやらせてもらって、またバイトしての繰り返しでしたね。あそびって言ってもそこで勉強させてもらったって感じです。撮影のアシスタントもさせてもらったし、なんでもやらせてもらって。何してるかわからないくらいで。でも、メンタル弱いんですよね…オレがなりたいのはデザイナーじゃないッス! って思うようになって…。

 

加藤 それで…

 

タイシ イラストレーターになりたいって(笑)

 

加藤 自由〜(笑)

 

タイシ イラストレーター・ニシヒロタイシって名刺作って。

 

加藤 名乗っちゃったんだ(笑)

 

タイシ でも名乗ってるだけじゃあいまいちひととつながらないから、LITH TOKYOで仲良くなったスタイリストの友達の仕事について行って、洋服のブランドのひとについでに作品を見てもらったり。

 

加藤 結構な行動力だよね(笑)

 

タイシ 「一緒に来たら」って言ってくれるから行っただけで…。

 

加藤 いい仲間いるなあ。

 

タイシ ほんと感謝してるっす。そのうち、まわりのみんなが「外国人の絵っぽい」って言ってくれるようになって。自分は日本人だし、あんまり嬉しくなかったんですけど、「じゃあ外国に行こう」って。バイトの給料の全部と、目黒川の花見でビール売ったお金と、いろいろかき集めて「アムステルダム行ってきます!」「移住するぞ!」って。まわりにビザどうするの? って言われたんだけど、「大丈夫っす大丈夫っす」って。

 

加藤 不法滞在じゃん!

 

タイシ ぼくにはこれしかないから、って理由で。いま思えばムチャクチャっすよ。なんとかなるかなって。でもまわりは「なんともならない!」って。もういい歳だし…。

 

加藤 でアムス行ったの?

 

タイシ いや。知り合いのベルギー人の女の子が、いまスペインにいるからスペインに来たらって言うから…。

 

加藤 まさか。

 

タイシ みんなにアムステルダムって行ったんですけど、スペインに(笑) しかも不応滞在はあきらめて、3ヶ月…。みんなに「もう二度と会えない!」「もしかしたら逮捕されるかも!」ってくらいの送別会を開いてもらったのに!

 

加藤 ホント自由だな〜。

 

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タイシ で、マドリードはついでのつもりだったんすけど、その子のまわりにグラフィティのライターがいっぱいいて、紹介してもらって。そこで「やっぱグラフィティだ!」「スプレー使わないと話になんねー!」みたいな感じになって、いまに至るというか、戻ったんすよね、好きだったグラフィティに。そこからずっと壁画、壁画で。

 

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加藤 そこから壁に(違法じゃなく)描かせてくれる人を探しはじめるわけだ。

 

タイシ でも戻って来てがっかりですよ。東京って描けるところが全然なくて。ヨーロッパでお金も使い果たしたし。3ヶ月も働いてなかったからもう働きたくないし。住むところもないからどうしようかなと。

 

加藤 逆に不法滞在レベルだよね…

 

タイシ 図書館で本を見ながら絵を描いたり、その辺の水道水を飲んだりしてましたね。コインシャワーとか。住所もないからバイトの面接もできない。コンビニのバイト落ちましたからね(笑) 最後に受けた弁当屋で「これ落ちたらアーティストで生計たてよう」って。生計たてれないからバイトしないといけないのに…。スプレーも買えなかったんすよ…。

 

加藤 それはフラストレーションたまるよね。

 

タイシ だから安いチョーク買って来て、マンホールのまわりとか、そういうところに絵を描き始めたんですよね。人通り多くても、これなら怒られないだろうって。まわりのみんなは「それは違法だ」って言うんすけど、まぁ大丈夫だろうって、でも代官山でチョークで絵を描いてたら警察に怒られて(笑) こどもも描いてるでしょう!って。ダメでしたね…。ペットボトルの水を持ってたんで、その場で消して。でも、そのうち、やっぱだんだん壁に描きたいなって。落書きはダメだし。どうしようかなと。

 

加藤 それが地元の山口とか伊勢の地域の環境でのグラフィティペイントにつながるわけだ。

 

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タイシ そこからは、描かせてもらえるところ(壁やシャッター)があればどこにでも行くよ! っていう姿勢で。できるだけ大きな壁で描けたらいいっすけど。

 

加藤 東京だけじゃあなく、47都道府県、いろんなところで描かせてもらえるといいよね。シャッター街とか、工事中のフェンスなんかもいいよね。街のあらゆるところにあるから。

 

タイシ で、違和感を与えれたらいいなというか、なんか変なヤツが大きな絵を描きに来たぞ!ってその街のひとが思ってくれて、その様子や出来あがった絵を見て楽しんでくれたらいいなっていうか。「面白いことありますよ!」って手を上げると、意外とみんな一緒になってやってくれるというか、共有できるというか。アーティストだとかって思ってもらわなくてもよくて、なんか変なヤツ来たって思ってもらえれば良いっすよね。こんなヤツがグラフィティ描いてるって思わないし(笑) でも描いてることには間違いないし、ほかのヤツらよりはうまいぞって思ってやってるんで。

 

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公園みたいなモノやコト

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タイシ 好きなんすけどなかなか行かないっすよね…。砧公園にスケートパークがあるんですけど、そこに絵を描きに行ったことはありましたね。依頼されたフリして、ゆっくり描かせてもらったし、だれにもなにも言われず(笑)

 

加藤 まあでもきれいごとじゃあないけれど、大きな絵を描くことで、もしくはそこに絵があることで、その絵を見にひとが集まって、会話して、それがコミュニティになれば、その空間はもう『公園』だよね。

 

タイシ そこでワークショップやったり、音楽ならしたりできたらいいですよね。山口で空き地で大きな壁に描かせてもらった時も、こどもたちがたくさん集まってくれて、ためしにスプレーで絵を描かせてみたり、そしたらすごい喜んでくれて、よかったっすね。外国だと絵を描いてると気軽に話しかけてくれるんですけど、日本だときっかけが必要で。だから変な人がいるから行ってみようよ、くらいで来てほしいですね。で、何を描いてほしいかの打ち合わせもそうだし、そこに何度か通って、コミュニケーション取って、長く関わって行きたいですね。今日撮影した世田谷公園にも描けるところいっぱいあるし、東京でそういうことができたらいいなって思いますけど。ぼくらが絵を描くことで人が集まって、そこが公園になればいいなって。いや、描かせてもらえるならばなんでもいいですね(笑) とにかく大きな絵をたくさん描きたいです。

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