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2014年。東京。高円寺。
どこかのだれかの wanna relax.
ただひたすら、なんとなく。
PHOTO&TEXT:JUNYA KATO(PARK INC.)
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ストーリーが終わってしまえば、
マンガの中の主人公たちの行く末は
だれ知らないし、知られちゃいけない。
そんな感じで、ただただなんとなく、
マンガの中の主人公みたいな写真家。
マツモトダイスケのニュートラル。
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加藤 ずっと高円寺?
マツモト そうですね。18歳で鳥取から大阪に行って、20歳で東京に出て来てからなんで、もう9年目っすね。友達も住んでるし。慣れちゃって。
加藤 大阪は何やってたの?
マツモト 写真の専門学校ですね。なんとなく高校から写真やりたいなって思ってたんすけど、写真学科がある高校に落ちちゃってヤンキーばっかりの高校に行っちゃって…そうなると学校行かないで遊んでばかりで。バンドやりながらフィルムの適当なカメラ使っていろいろ撮ってて。
加藤 田舎でサブカルこじらせるとカメラ行きがちだよね。ぼくもそうだった(笑)
マツモト そうそう。フィルムの巻き上げ方わかんなくて間違ってちぎっちゃったり。
加藤 あるある。現像してもいつもボケてて、当時は「それがいい!」とか思うんだけど、まぁでもみんなそこでやめちゃう。
マツモト だからちゃんと写真やり出したのは専門学校に入ってからですね。みんなで遊んでる方が楽しかったから、高校中退しちゃったから、中卒でも入れる写真学校を大阪で見つけて。そこで基礎を学んで、東京にって感じですね。
加藤 けど、そこで続けられるのはすごい。写真家になりたい理由ってあったの? たとえばこういう写真家になりたい!とか。
マツモト 誰かになりたいとかはなかったっすね。でも、学生時代は変にトガってて、当時、自分の写真にすげー自信があって、「世界中に写真家はオレひとりでいい」って思ってたくらいで。で、仕事もなにもない状態で、いきおいで東京に出て来たんすけど…案の定、なんにもなくて。ぜんぜんだめで…。
加藤 出たー根拠のない自信(笑)
マツモト どんどん自信なくなってきて、そのうち、いままでさんざんクソだと思ってた他人の写真が良く見えて来ちゃったりして。いよいよダメだな…と。その時にちょうどデジタルが主流になってきて、デジタルに移るんですけど、そこからちょっと面白くなってきましたね。
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加藤 学生時代からデジタルに移行するまではどういう写真を撮ってたの?
マツモト いまとあまり変わらないっすね。撮りたい写真が頭の中にあって、セットアップして (撮りたいシーンを演出でつくりあげるスタイルで) 撮ってましたね。最終的なアウトプットがモノクロのフィルムだったのがデジタルになっただけで、根本的には変わらないっすね。もともとカメラマンじゃなくて作家になりたいってのはあったので、あまり変わらないです。
加藤 写真って二極化してて、クライアントから頼まれたものを撮影して納品することを「仕事」とするひとと、マツモトくんみたいにギャラリーに所属して作品や写真集を買ってもらったりする「作家志望」のひとと分かれるよね。たまに作家性を活かして仕事してるひともいるけれど。
マツモト そう。だからカメラマンではないんですよね。クライアントに頼まれてお金もらって撮ってるわけじゃないんで。でも、使ってる機材が一緒なんで、よそから見たら同じかもしれないですけど。カメラマンはカメラマンでちがう技術のあるひとたちなんで、一緒に紹介されるのは悪いなと。だから、写真家がいいですね。東京出てきていちばん最初に名刺つくったんですよ。仕事も所属もなかったから、とにかく自分で名乗んなきゃなぁって。写真家。名乗ればなんとかなるかと。
加藤 で、名刺を持って高円寺をベースに活動を。
マツモト そうですね。でも、実は、高円寺がこんな街だって知らずにきたんですけどね(笑)。中学の時に(作家の)ねじめ正一さんの『高円寺純情商店街』を読んで、すげえいい街だなって思ってて、『6月の蠅取り紙』って話とか。なんとなく東京に住むなら高円寺だなって。で、来てみたらいろいろなサブカルに出会って…。ただでさえ音楽とかマンガとか本とか好きだったから、ちょっと歩けばすごいマニアックなお店があっていろいろ手に入って、これはヤバいなと…。寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』の初版本が5,000円で売ってて、で、奮発して買ったんすけど、それが間違いでしたね…。どんどん深みにはまっていって。
加藤 気づいたらサブカル筋肉が…。
マツモト そうっすね(笑) でも、そもそも写真に影響を受けて写真をしてるわけじゃあなくて、10代からそういったカルチャーに影響を受けてたんで、良かったですけどね。例えば、写真がカッコいいなって思うのは初期パンクやハードコアのレコードのジャケットの影響だったり、構図はマンガから影響を受けてるし、世界観とか空気感は映画だし。たまたまアウトプットが写真なだけで、もしかしたらバンドやってたかもしれない、とかはたまに思いますけどね。
マツモト ダイスケ 作品を見る
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加藤 そこがマツモトくんの写真のいいところだよね。ジャンルや形式にとらわれていない明確なコンセプトが写真から見て取れる。しかも一瞬『オマージュ』っぽかったり、これ、わざわざここでやるか? って思うくらいふざけているようで、実はそうすることでハードルを下げて、伝えたいメッセージをちゃんと漂わせて、さりげなく嗅がせてる。そもそも、こういったコンセプトありきのセットアップフォトを撮るようになったきっかけは?
マツモト 撮ることに意味を持たせたのは学生の時ですね。まわりのヤツらが撮ってた夕日とか朝焼けとか、誰が撮ってもキレイに撮れるものを、なんで、オレがわざわざ撮らないといけないんだって。ひねくれてただけかもしれないっすけど。
加藤 学生ってそうだよね。彼女のすっぴんとか、友達のヌード撮ったらすごいとか。旅行兼ねて行った海外の風景を切りとって「作品」みたいな。キライだわー。
マツモト なにげない日常を切り取ってみましたとかね。きらいですね。せっかく撮るなら日常を『日常』として撮りたくない。
加藤 作品に必ずユーモア入れるのはなぜ?
マツモト 実はお笑いが好きで、すごく影響を受けてるんで。こどものころ、土曜日は昼メシ食べながら吉本新喜劇でしたし、ダウンタウンのごっつええ感じとかもすごく好きでしたね。芸人さんの頭の早さに尊敬します。
加藤 ごっつ感!あるかもね!(笑)
マツモト もとのテーマがわりとシリアスなんで、できるだけ面白く見せたいというか。
加藤 そのシリアスさのルーツは?
マツモト うーん。まずインテリが大嫌いってのがあるんですけどね、話が長いし、長いくせに面白くないし。あとはハードコアとかパンクの影響は大きいですね。社会に対して何かしらアクションを起こしてるひとたちが好きなんで、その影響もありますね。
加藤 ちなみに、マツモトくんの作品の場合、アクションが行き過ぎてかなりエクストリームなロケーションになってると思うんだけど、あれは何かに影響されてるの?
マツモト 映画ですかね。キューブリック、タランティーノあたりがメチャクチャ好きだったんで。あとは80年代のアメリカ映画。『ゴースト・バスターズ』とか最高でしたね。『キラー・コンドーム』とか、地元のレンタルビデオショップで VHS のジャケが変なヤツをとにかく借りて来てみんなで見たりして。
加藤 そういう感覚がぜんぶ混ざっていまに至ってるんだね。
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マツモト あとは『縁』っすね。当時、自信のかたまりだったから、売り込みとかも行かなくて、「こんなにいい写真なんだから誰かが見つけてくれる」って思ってて(笑) そしたら晃太朗(NEUTRAL #005参照)が主催してるアート系のイベントに誘われて遊びに行ったら『禪フォト』(日本に限らずアジアで活動する写真家が所属するギャラリー)のひと紹介されて、名刺渡して作品を見せたらうちのギャラリーに来ないかって。所属が決まって。写真集を出してもらったりしてます。
加藤 そもそも晃太朗との出会いは?
マツモト 当時ボクが高円寺のコンビニの上に住んでて、酒飲んでベロベロになって家に帰ってきたら、晃太朗がそのコンビニの前でみんなで飲んでて、それで話してみたら同い年だってわかって、それで仲良くなって(笑) 晃太朗は「イベントやるから来なよ」ってフライヤー(チラシ)くれて、ボクは名刺持ってたから名刺わたして。それで遊ぶようになって。晃太朗が「友達と一緒にいるからいまから来なよ!」って、行ったら波多野くん(NEUTRAL #008)もいて、ベロンベロンに酔っぱらったボクを家まで運んでくれたり(笑) そのふたりが『東京』でできたともだちって感じで。東京って1こつながると早いですよね。同じようなあそびしてたらどこかで会う。
加藤 そうだね。マツモトくんもぼくが晃太朗に誘われて行った飲み屋にいたもんね。なんか、呼ばれた、みたいな感じで(笑)
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加藤 写真家としての今後の展望は?
マツモト もっといろんなひとに作品を見てもらいたいですね。ボクみたいなもんが、もっと中心の方で、写真家として勝負できるような状況になったらおもしろいなあとは思ってて。だからもっと前に出たいっすね。あとは近くにすごいともだちがいっぱいいるんで、一緒にいるだけでもうなんかケツたたかれてる感じがして、やらなきゃなって。
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公園みたいなモノやコト
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マツモト 公園ってメチャクチャ思い出が詰まった場所って感じで。地元でライブやって、打ち上げも公園だったし。落書きもしたし、花火もやったし、ラジカセ持ってって大きい音で音楽聞いたり。バレンタインでもらったチョコを埋めてるヤツもいたしね。車買った先輩が公園なら運転させてやるって言って、運転させてくれたり。スケボーしたいやつも来てた。30分後にあそこの公園に集合ね!とかね。地元に行きつけの公園が3くらいあって…。
加藤 飲み屋みたいに言うね(笑)
マツモト 丘の上に椅子とテーブルがある公園があって、そこにお酒を買ってってみんなで飲んだり。本当はいけないんすけどね。ただ、ぼくらもよく散らかすんすけど、ほかの誰かが散らかしてるとイヤなんすよね。だからそういう時はまずゴミを拾ってから飲む。あとお茶のペットボトル1本あれば何時間でもしゃべってられる公園とか。
加藤 わかるわかる(笑)
マツモト て考えると、と自分の中で公園って『たまり場』ですかね。みんなで行く居酒屋とか、ギャラリーとか、『ANAGRA』も酒が飲めるんでよく行くようになりましたし、人が集まる場所にいってタバコすったりお酒飲んだりっていうのは、いつまでたっても変わらないっすね。
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マツモト ダイスケ
1985年生まれ。写真家。
2014年10月にZen Foto Gallery
にて個展、同年内に写真集を出版予定。
http://daisukematsumoto.com/
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